2007年07月22日
D.D. サウンド (D.D. Sound)
先日、70年代から活躍する知人のベテランDJに「70年代後半によくかけていた曲は?」と尋ねたところ、いくつか挙げた中で「ワン・フォー・ユー、ワン・フォー・ミー」という答えがありました。私は思わず「おぉ〜、そういう曲あったなあ」と膝を打ったものです。アーチストは「ラビヨンダ(La Bionda)」というイタリア人の兄弟2組。
録音などの活動拠点はドイツで、いわゆる「ミュンヘンディスコ」の枠内にある人々です。「ワン・フォー・ミー…」の発売は78年。私はまだ中学1年生でしたから、リアルタイムでは踊った記憶はないのですが、典型的なハッピー・ディスコの名曲だと思っています。その能天気なラテンぶりは、YouTubeの映像でも伝わってきます。
ラビヨンダ兄弟には、このほかにDesert Of Mars(78年)、Bandido(同)、I Wanna Be Your Lover(80年)などの代表曲がありますけど、いずれも欧州でのヒットで、米国ではあまり相手にされませんでした。
それでも、曲はいずれもディスコというジャンルを越えるほどに完成度が高く、しかもラテンからロック、ファンクまで、曲調もバラエティーに富んでいました。「I Wanna be…」などは、前回紹介の「スペース」にも似た典型的な“宇宙ディスコ”であります(YouTube動画も珍妙です)。
さて、実はこの兄弟、ほかにもっと偉大な業績を残しております。それは、かの「D.D.サウンド」の産みの親だということ。日本人のディスコ好きなら誰でも知っている(?)、超特大定番キラーチューンの「1-2-3-4ギミ・サム・モア」と「カフェ」のアーチストであります。
まずは、上記リンクのYouTube動画をご覧ください(ただし「カフェ」はやや空しい静止画…)。…いやあ、「ディスコぶぁんざぁ〜い!!!」と叫びたくなるような陽気さでありますな。「1-2-3-4」は、前面に出てくるハーモニカの音色が泣けます。カフェの方は、発売は70年代だというのに、私が現役でディスコに行っていた90年前後まで、ばりばりにかかっていましたからねえ。時代を越えた“フロア大洪水チューン”です。
ラビヨンダ兄弟は77年、このD.D.(ディスコ・デリバリーの略)をスタジオミュージシャンたちと編成し、自分たち名義のレコードと並行して売り出しました。動画でも登場しておりますが、自ら(たぶん弟の方)ボーカルも務めています。「カフェ」が全米ディスコチャートでランクイン(79年に41位)するなどして、懸案だった米国進出も果たしました。やはり80年代に入ると活動は停滞してしまうわけですが、ピーク時にこれだけ頑張れば、まあ十分でしょう。
ラビヨンダ、D.D.ともに、どのアルバムも出来がよろしく、よくある単調なディスコとは、確実に一線を画しています。ただ、12インチやLPはずっと高値安定で、再発CDも良いものがほとんどありません。写真上のCDは、1992年に発売されたD.D.の日本盤ベスト(テイチクレコード)で、カフェの16分フルバージョンが入っているなど内容は素敵なのですが、中古CD店ではまったくと言って良いほど見つかりません。困ったものです。
「ラビヨンダ」名義では、ロシア盤の変なCD(写真下)などがあります。CDという意味では、これぐらいで我慢するしかないのが現状であります。

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コメント一覧
1. Posted by ハマちゃんです。 2007年07月26日 01:06
初めまして、
こちらにコメントを寄せるのはお初になります。
先日の談笑の中から
早速ラ・ビヨンダを取り上げていただき、
感動しております。
又、mrkikcさんのディスコ・ミュージックに
たいする深い愛情と造詣に対しては、
いつもながら敬服の念を抱いております。
ラ・ビヨンダに関しては'78年に六本木で
DJデビューした頃の思い出のアーティストであり、
「ワン・フォー・ユー・ワン・フォー・ミー」は
ブロンドのモデル嬢が狂ったように踊ってました。
又、「1・2・3・4〜」は'79年新宿デビューした
自分にとっは、
JUNやドモンのファッションに身を包んだお客さんが、
一糸乱れぬ振り付けで踊っていたのを思い出す楽曲です。
又、寄せていただきます。
こちらにコメントを寄せるのはお初になります。
先日の談笑の中から
早速ラ・ビヨンダを取り上げていただき、
感動しております。
又、mrkikcさんのディスコ・ミュージックに
たいする深い愛情と造詣に対しては、
いつもながら敬服の念を抱いております。
ラ・ビヨンダに関しては'78年に六本木で
DJデビューした頃の思い出のアーティストであり、
「ワン・フォー・ユー・ワン・フォー・ミー」は
ブロンドのモデル嬢が狂ったように踊ってました。
又、「1・2・3・4〜」は'79年新宿デビューした
自分にとっは、
JUNやドモンのファッションに身を包んだお客さんが、
一糸乱れぬ振り付けで踊っていたのを思い出す楽曲です。
又、寄せていただきます。
2. Posted by mrkick 2007年07月26日 01:18
ついに大先生ご登場!コメント誠にありがとうございます。大変恐縮です。今回の投稿は、まさに「ハマちゃん」さんに敬意を表したくて書いたものでした。東京の第一線で活躍されてきたプロDJとしての、具体的な当時のエピソードには、さすがの重みがあります。今後とも勉強させていただければ幸いです。何卒よろしくお願い申し上げます。
3. Posted by まさゆき 2008年11月03日 12:08
DDサウンドやラ・ビオンダも1978年に生まれた僕が幼少の頃の音楽ユニットです。DDの方は典型的ヨーロピアンポップって感じですがビオンダのほうはインド風のサンドストームやマンボっぽいバンディードなどかなりエキゾチックでさながらジンギスカンを彷彿させます。
4. Posted by mrkick 2008年11月03日 13:29
コメントありがとうございます。ラビヨンダ兄弟は、バカ明るい系イタロディスコの源流でもあります。ディスコらしくていいですよね。
5. Posted by まさゆき 2008年11月27日 10:41
なんかつくづく思ったんですが当時のディスコってやたら異国情緒路線多い気がします。例えばサンドストームやバンディード(ラビヨンダ)、ラスプーチンやマ・ベーカー(ボニーM)、ジンギスカンやハッチ大作戦(ジンギスカン)など東洋(インド・ロシア・中東・中国)といったコンセプトは流行だったんですか?
6. Posted by mrkick 2008年11月27日 22:27
コメントありがとうございます。ディスコは異国どころか、宇宙まで行ってしまいますから(笑)。フロアで味わうごた混ぜの“トリップ”感こそ、ディスコの真髄でありましょう。西洋人にとっては当然、オリエンタル願望もアリということで。
7. Posted by RJシリーズ最強! 2009年05月07日 21:31
あーこれは日本フォノグラムのRJシリーズですね。DDサウンドもラ・ビオンダも同系ですが、他にサンタ・エスメダルダやヴォヤージなど幅広いディスコ物多いですが、10ccやエルトン・ジョンなんかのロック物や、ひいてはブラック・サバスやナザレス、ラッシュなどのハードロックがあったりトーキング・ヘッズ、ブームタウン・ラッツなどのパンクニューウエイブまで!往年の日フォノ(今のユニバーサル)はRJシリーズの分野広さに感服!脱帽!です。

