Sylivester1980年代前半のディスコシーンを語るとき、絶対に欠かせないのが「ミーハー・ゲイディスコ」のハイエナジー。そのハイエナジーを語るとき、絶対に欠かせないのがシルベスターなのであります。

ドラッグクイーン(女装スター)特有のド派手なファッションに身を包み、思い切りカミングアウトしていた黒人ゲイディスコ・ディーバ。「私は鼻を整形したのよ」なんてことを平気で公言する自由奔放な人でもありました。黒人とゲイという2大マイノリティーが、享楽的かつ退廃的なアメリカのディスコの原動力になったという意味では、ディスコ文化全体を象徴する存在だったともいえるでしょう。

1947年、ロサンゼルスに生まれ、すぐにサンフランシスコに移住。一族にミュージシャンが多かったため、幼少時からジャズやゴスペルのシンガーとして活躍していましたが、注目され始めたのは70年代後半。77年にサンフランシスコのゲイディスコ・レーベルであるファンタジー・レコードからアルバム「Over And Over」をリリースし、ディスコで大ヒットしました。

翌78年には、アルバム「Step 供廚鯣売。その中の代表曲「You Make Me Feel」が、「Disco」とのカップリングでディスコチャート6週連続1位を獲得しました。

それでも、彼の地位を決定付けたのは、やはり「Do Ya Wanna Funk」」(82年、ディスコチャート4位)です。日本では発売直後から83年にかけて、ものすご〜くヘビープレイされたダンスクラシックです。さびの部分の「ドゥ〜、ユ〜、ワナ、ファンク(チャッ、チャ!!♪)」は「フロアのみんなの合言葉」。汗だくで踊らされたものです。

この「Do Ya…」は、「ファンタジー」、「モビー・ディック」と並ぶ「3大サンフランシスコ・ゲイレーベル」の一つである「メガトン・レコード」から発売されました。プロデュースは、ゲイディスコの名プロデューサーであり、シルベスターの親友でもあったパトリックカウリーであります。

実は、この曲はパトリックの遺作でもあります。82年、当時は「Gay Cancer(ゲイの癌)」と呼ばれたエイズにおかされていた彼は、「この曲をきちんと仕上げてから死にたい」と、病身をおしてスタジオに通います。最後はソファに横になりながら、制作エンジニアたちに指示を送り、執念で完成させました。その直後の82年11月12日、わずか32歳でこの世を去ったのです。

パトリックが亡くなったその日、シルベスターは、ライブのためロンドンのディスコ「ヘブン」にいました。ステージに立ったシルベスターは、「この曲を今日、天国に召された親友、パトリックに捧げます」と客に告げたあと、「Do You Wanna Funk」を熱唱したのでした。

しかし、そのシルベスターも88年、後を追うようにエイズで死去します。享年41。ディスコの一時代が終わった、というよりも、ディスコそのものへの死の宣告だったといえるかもしれません。

私が好きなシルベスターの曲の中で、もう一つ、パトリックの死後にレコーディングした「Take Me To Heaven」(85年、ディスコチャート6位)というのがあります。文字通り「私を天国に連れて行って」と繰り返し絶唱する曲なんですが、ものすごく高揚感がある。間もなく訪れようとしている、自らの死を暗示するかのようであります。

フランスの思想家バタイユは、「エロス(愛の神)とは、タナトス(死の神)である」と言いました。死と隣り合わせの絶頂感とは、ディスコの陶酔感そのものです。シルベスターは、そんなディスコカルチャーを確信犯的に体現した生涯を送ったのだと思っています。

写真のCDは、12インチバージョンなど3種類の「Do Ya Wanna…」のほか、「Don't Stop」、「Be With You」など、80年代前半の「メガトン・ハイエナジー」時代の代表曲を収録したカナダ・ユニディスク盤ベスト。聴く者、踊る者を桃源郷へと誘います。