2006年12月21日

リンダ・クリフォード (Linda Clifford)

Linda Clifford 280年前後に米国のディスコチャートを存分に駆け巡ったのが、リンダ・クリフォード嬢。マドリ〜ンさんと同様に美形ディーバとされておりますな。

1944年、NYブルックリン生まれ。7歳のころには既に、地元の酒場でジャズ歌手としてステージに立つようになりました。しばらくは地味な活動ぶりだったのですが、66年に「ミス・ニューヨーク」に選ばれ、歌手と女優としての注目度が急上昇。まず、Jericho Jazz Singersというジャズボーカル・グループのメンバーとなり、続いてLinda & The Trade Windsという自分のグループを結成し、活動を本格化させました。

ただし、女優としての才能は開花しなかったようです。エキストラとか、ホラー映画の「死体」役といったトホホな内容でした。

歌手としてのリンダさんは、70年代にシカゴに移り、カーチス・メイフィールドと組むようになってから俄然、調子を上げてきます。77年にファーストアルバム「Linda」を発表。続く78年には「If My Friends Could See Me Now」をリリースし、これが全米ディスコチャート5週連続1位と大当たり!。アルバム同名曲や「Runaway Love」といった名曲によって、しっかりと名前を世に知らしめることになったのです。

特に前者「If My Friends…」はクラリネットやピアノの音が印象的なアゲアゲ調で、ボーカルも迫力満点。ものすごく踊りやすいヨイ曲なんですねえ。

その後も、ダンス映画「フェーム」(80年)のサントラに参加して「Red Light」をヒットさせたほか、自身のアルバムについても「I'm Yours」(80年、ディスコチャート4週連続1位)、「I'll Keep Loving You」(82年、同チャート3週連続1位)と相次いでヒット作をリリースしました。

80年代半ば以降は、主婦として子育てに専念するなどして、表舞台からは遠ざかりましたが、CMソングなんかは歌っていたようです。そして90年代も後半になって本格的に活動を再開。「Wanna Give It Up」とか「Philly Goove」を再びディスコチャート入りさせました。

この人はディスコアーチストとしては大物の部類に入りますので、まだほかにも名曲が目白押し。例えば、サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」のリメイク(79年)など、原曲を大胆にアレンジし、めちゃめちゃ上り調子にした佳曲です。やはりジャズ仕込みの完全無欠なボーカル力がモノを言っておりますな。ほとんど売れませんでしたが、バラードだって上手いものです。

CDはけっこう再発されてきたものの、すぐに廃盤化してしまって困ります。写真の欧陽菲菲なジャケットのCDは、「明日に架ける橋」が入っているアルバム「Let Me Be Your Woman」(79年)の2000年の再発。英国盤の2枚組で、彼女の別のアルバム「Here's My Love」(79年)とのカップリングになっていてお得ですけど、最近は手に入りにくくなっています。


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コメント一覧

1. Posted by bobby_Q    2007年01月16日 17:18
自分は80年代半ばのred lavel時代のレコを何枚かもってます。
が、自分的にイマイチでした。
もっと昔の方がよかったんですな。
時代的にハイエナジーしてるかと思ったのに・・・
2. Posted by mrkick    2007年01月17日 20:11
コメントありがとうございます。やはりチェック済みでしたか。80年代半ばの曲、逆に興味深いです。今度、お聴かせくださいませ。

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本名・菊地正憲。何かと誤解されるディスコを擁護し、「実は解放と融合の象徴だった」と小さく訴える孤高のディスコ研究家。44歳。本業は雑誌、論壇誌、経済誌などに執筆する元新聞記者のジャーナリスト/ライター。踊る機会はめっきり少なくなったが、CD&レコードの収集は28年前から地味〜に続行中。アドレスは↓
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