カーチス・メイフィールド説明の必要もないほどの大御所カーチス(カーティス)・メイフィールドは、70年代後半、典型的ディスコのアルバムを2枚ほど出しています。最初は「ドゥ・イット・オールライト」、次が「ハートビート」(写真)。かのムーブ・オン・アップ(70年)などのダンサブルな有名曲を既に送り出してはいるのですが、私にとってはディスコ全盛期の作品が最も好きです。

カーチスは老舗コーラスグループのインプレッションズを脱退後、68年に自分のレーベルである「カートム」を立ち上げるのですけれども、経営的には今ひとつだったようで、ブームに乗っかってディスコ調の曲を連発したのです。またぞろ正統派ソウルファンには、きつい批判を浴びてしまったようですが。

カーチス特有のささやくような高音ボーカルは、けっこうディスコに似合っていると思います。派手な盛り上がりタイムには合わないにしても、夜中過ぎにかかるとぴったりな気がしますね。ハートビートの2曲目「What Is My Woman For?」なんて、けだるさがやたらと格好いいのです。

とはいっても、「ハートビート」の一曲目「テルミー、テルミー」や「ドゥ・イット…」の「ノー・グッバイズ」「パーティ、パーティ」などは、フィリーサウンド絶好調、といったストリングスが印象的な明るめな曲で、ノリもよろしい。なんともいけてますな、ディスコのカーチス・メイフールド(断定)。

カーチスは、ディスコブーム終焉以降も元気に頑張っていたのですけれど、90年にステージで事故に遭って、なんと下半身不随の身に…。82年、自動車事故で車椅子の身になってしまった元ハロルド・メルヴィン&ザ・ブルーノーツのテディ・ペンダーグラスを思い起こさせる、とても不幸な出来事でした。

そして99年、カーチスは病院で帰らぬ人となりました。享年57。晩年は経済的にも厳しく、「俺の曲をサンプリングして使ってくれないか」などと若いアーチストに頼むようなこともしていたそうです。

「ドゥ・イット・・・」も「ハートビート」もCD化されています。ダンス調の曲のほとんどが7、8分のロングバージョンになっているのがよろしいです。