2005年06月07日

ロック・ザ・カスバ

ロック・ザ・カスバパンク王クラッシュはディスコでもなかなか人気だった。ビルボード・ディスコチャートで「ロンドン・コーリング」(80年)は30位、「ディス・イズ・レディオ・クラッシュ」(81年)は17位にまでそれぞれ上昇。そして82年はかの「ロック・ザ・カスバ」が8位に食い込んだ。ポップチャートでも初のベスト10に輝いた。

70年代の「白い暴動」のころみたいなもろパンクだったら、こんなに大衆受けはしなかったであろうクラッシュ。でも、路線修正はディスコ的には大正解で、私も「ロック・ザ・カスバ」をよくリクエストしたものだ。特に出だしのドラム、ギター、ピアノの掛け合いがすばらしい。

同じパンク王でも、さすがにセックスピストルズだとちょっときつい。いきなり「アナーキー・イン・ザ・UK」では、それこそアナーキーなフロアで暴動が起きかねない。個人的にも、あまりにやんちゃなシド・ビシャス(ピストルズのボーカル)より、適度に大人のジョー・ストラマー(クラッシュのボーカル)の方が好きである。2人とも今は故人になってしまったが。

それにしても良い時代であった。「クール&ザ・ギャング→シンディー・ローパー→マドンナ→ボビーO→ジャーニー→クラッシュ→スペシャルズ」なんてつなぎが、平気で行われていたのである。とてつもなく節操がないが、客が喜んでいたのだから、それでよかったのだ。

写真は「カスバ」が収録されているアルバム「コンバット・ロック」。一般受けを狙ったものだとして従来のファンからは不満も出た。バンドメンバーの仲もぎくしゃくしてしまった。これを気に主力メンバーが相次いで脱退して、第一期クラッシュは終焉を迎えてしまったのだが、私にとってはやはり、80年代前半の名盤の一つなのである。




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コメント一覧

1. Posted by gakus   2005年06月07日 22:41
このころのCLASHはパンクとは呼び難いものの、レゲエ〜ダブの研ぎ澄まされたサウンドにインパクトがありました。レゲエ自体、反体制的なダンス・ミュージックという側面があるので、フロアへの接近も必然だったのかもしれません。ところで最近、出てきたバンドで、デッド・60Sという若いのがいますが、モロにこの時代のCLASHの音(国内盤の邦題からして『無線衝突』!)を発しています。機会があれば、ぜひ聴いてみてください。
2. Posted by mrkick   2005年06月08日 10:54
コメントありがとうございます。なるほど。もうパンクというよりレゲエですね。それにしても「カスバ」の音は洗練されていました。レゲエやスカの音は、80年代前半のフロアで大いに開花したものですから、なじみがあります。デッド・60sって気になりますね。今度チェックしてみます。

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mrkick (Mr. Kick)
本名・菊地正憲。何かと誤解されるディスコを擁護し、「実は解放と融合の象徴だった」と小さく訴える孤高のディスコ研究家。44歳。本業は雑誌、論壇誌、経済誌などに執筆する元新聞記者のジャーナリスト/ライター。踊る機会はめっきり少なくなったが、CD&レコードの収集は28年前から地味〜に続行中。アドレスは↓
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