LimeUnexpected Lovers(85年)やAngel Eyes(83年)で知られるライムには、ごく一部にしか知られていない(別に知りたくもない)都市伝説がある。

このアーチストの特徴は「だみ声」のクリス・マーシュの男性ボーカルと「金切り声」のジョイ・ドリスの女性ボーカルの妙(?)。メロディーやリズムラインは概ね、80年代前半の電気音操作術をいかんなく発揮していて美しいのだが、男女ボーカルがなんだかミスマッチなのだ。「そこがいい」と思うときもあれば、「それがいやだ」と思うときがある。変な曲調である。

このクリスとジョイは、カナダ人ということになっている。本当は夫婦だという説がある一方で、「本当にそうなのか」という疑問の声も多い。いろんなライナーノーツや世界中のディスコサイトをのぞいても、諸説があってはっきりしない。

まあ、本当はDenis LepageとDenyse Lepageというアーチスト夫妻がLimeの実体で、見てくれの良いクリス&ジョイ(海外ディスコサイト「Discog」参照)は、単なるプロモーション用の「代理」だとの説が有力なのだが、そうなるとクリス&ジョイの実体の方も気になってくるというのが人情というもの。なんだか胡散臭い。直接、本人や当時の事務所に問い合わせる人間もなく、謎のままになっている。

しかも、この2人は同一人物だという説もあるのだ。いわく「ボイスチェンジャーを使って、声色を使い分けて収録している」のだそうだ。どうでもいいかもしれないが、いかにもディスコらしい話だと思う。

以前にも話したが、ディスコ音楽はあっても、純然たるディスコアーチストは意外に少ない。ライムは、そんな中でも純度の高いディスコグループといえる。しかも、けっこうメジャーな部類に入る。81年発売のこの「Your Love」(写真は再発CD)はデビュー作で、ディスコチャートでは1位に輝いた。その後も80年代を通じてアルバムを発表し続け、「Engel Eyes」、「Guilty」、「Unexpected Lovers」などのディスコヒットを連発している。

それでも、いまひとつ正体不明なところがある。顔写真もどこにも載っていない。例えばこのYour Loveでも、奇妙な黄髪女が、本当にライムを手に意味のないポーズをとっているのだが、これが女性ボーカルのジョイだとは考えにくい。

ディスコアーチストは、極端に資料が少ない場合が多い。70年代後半から80年代にかけては、ディスコチャートには登場しても、レコードに張り付いているレーベル情報以外は一切、不明だというケースがほとんどである。正真正銘の一発屋はおびただしい数に上る。

当時のアメリカでは、ブームのディスコでまず名を売ろうとした無名ミュージシャンが、星の数ほどいた。とにかくディスコであざとく、あこぎに売り込んで、それからメジャー界に食い込もうとする。ディスコ映画「フィフティーフォー(54)」のラストで、そのあたりの物語が描写されているとおり、夢破れて退場していく者が多かったのである。同様の手法をとった成功者にはマドンナがいるが、こうした者はごく一握りでしかない。

ディスコ界の成功者のライムでさえ、ついに「ビルボードトップ40」的にメジャー入りすることはなく、90年代以降はほぼ完全に忘れ去られた。数々の謎は、現在まで謎のままである。