Baltimora70年代には、「カンフー・ファイティング」、「ソウル・ドラキュラ」、「ディスコ・ダック」のような、おバカディスコがかなり幅を利かせました。日本でも「ディスコお富さん」みたいな変テコなのが無数に世に出ました。80年代になるとさすがに飽きられて下火になったわけですが、「懲りないおバカもの」もいくつか存在しております。代表例は「ターザン・ボーイ」(1984年)ではないでしょうか。

いやあ、ビデオクリップ見てるだけでも、もう「牧歌的おバカさん」であることが明らかです。歌詞も「うぉーうぉー。さあ君、かくれんぼとかしてジャングルライフを楽しもう♪」と単純そのもので(万が一、深い意味があっても気にしない)、あまりに哀れで悲しい。

しかし、私はこの曲をあえて過大評価したい。なにしろ、80年代も半ばの85年、主流ヒット街道から真逆に位置しているとされたシンセディスコ系でありながら、ビルボード一般チャート13位まで上昇したという点が畏れ多い。全米ディスコチャートでも6位まで上昇しました。ヨーロッパ各国では、軒並みベスト10入りするなど、もっとヒットしています。

ターザンボーイは、日本でその後流行った「ユーロビート」の先駆けといえるでしょうが、欧米では、英国など一部を除いてユーロビートという言い方はほとんどしません。この手のシンセディスコは、80年代後半にイタリアで量産されたことから、「イタロディスコ」というのが一般的です。欧州ではかなりの人気ジャンルだったわけですけど、既にロック、ニューウェーブが主流だったアメリカでは、「おカマっぽ〜い」と毛嫌いされていたわけです。

その意味で、ターザンボーイは、アメリカチャートを席巻した最初で最後の「イタロディスコ」でした。私も、「何でこんなのがビルボードに入るのか?」と不思議に思いました。でもなんだか嬉しかった。日本でも、国内盤12インチが発売されるなどして、かなりのヒットぶりだったのを思い出します。

バルティモラは、ジミー・マックシェーン(Jimmy McShane、写真下右)という北アイルランド出身のダンサーが中心のグループ。イタロディスコ系ではよくあることなのですが、素性はかなり謎に包まれています。ビデオに出てくるダンサー(けっこう上手い)はジミーだと思いますが、歌は別の人物が歌っているといわれています。この「口パク説」については、各国のカルトディスコサイトでしょっちゅう議論されていますが、結論は出ていません(まあ、どっちでもいいが)。

バルティモラが出したアルバムは2枚。ターザンボーイのほか、子供向け番組の挿入歌みたいな「Woody Boogie」が収録された「Living in the Background」(85年)の後、87年に「Survivor in Love」を発表したものの、後者はまったく売れませんでした。結局は「ターザンボーイのバルティモラ」の一発屋で終わったわけです。

それでも、ターザンボーイだけはさすがにインパクトが強く、アメリカでは映画に使われたり、口臭消し薬品の「リステリン」のCMに使われたりして生きながらえました。93年には突如、リミックスバージョンがビルボード一般チャートで51位まで上昇しています。

けれども、そのすぐ後の95年には、バルティモラは永遠に姿を消すことになりました。ジミーがエイズでこの世を去ったのです。享年37でした。

写真上のCDは、かなり前にイタリアで発売された「Living in the Background」。ボーナストラックとして、ターザンボーイが、リミックスなどを含めて怒涛の4バージョンが収録されています。中でも、85年に12インチで発売された「サマー・バージョン」というのは、呑気な哀感が漂ってきます。まさに“おバカで哀しく、そして楽しい”ターザンボーイの真骨頂というべきでしょう。

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