Tony Basil私が高校時代の1982年、勉強もろくにせずにビルボードチャートを毎週チェックしまくっていたころのこと。一風変わったディスコ曲が、あれよあれよと言う間にヒットチャートを駆け上っていきました。プロモーションビデオも変てこな、その名も「ミッキー」(全米一般チャート1位、ディスコ3位)であります。

まあ正確には純粋なディスコではないのですが、当時はゴーゴーズとかベルスターズとかバングルズとか、女性ボーカルもののロック、ポップ風の曲も、ほかのジャンルの曲とともにディスコでよくかかりましたからね。それは日本だけではなく、世界中で起きていた“クロスオーバー・ディスコ”現象(ごった煮祭り)でした。私が言うディスコの「融合」の極みが、この時代には見られたのですね。

ミッキーはビデオからも分かるように、チアリーダーをモチーフにしたすこぶる陽気な曲。日本では数年前に、お笑いの“松浦ゴリエ”がチアダンスのBGMとして使用したことでも知られていますが、全米ナンバーワンになったミッキーを歌っているのは、米フィラデルフィア出身のトニー・バジルという人。60年代から振付師、女優として生計を立てていましたが、下積み時代が長く、ミッキーがヒットしたときは39歳になっていました(!)。

トニーさんはミッキーの後に大ヒットはないため、偉大なる一発屋として認識されています。でも、ディスコ的には「Over My Head」(83年、ディスコチャート3位)とか、「Suspence」(84年、同8位)というヒット曲があり、特に前者は日本のフロアでもかなりの人気でした(ビデオも80年代的でなかなか面白い)。

けれども、その後はホントに表舞台から消えてしまうわけです。やはり「売れ過ぎちまった」ミッキーのインパクトが必要以上に大ききかったといえましょう。この人のCDは「ミッキー」がらみではけっこうありまして、上写真はその一つ米Razor & Tieレーベルのベスト盤であります。

さて、「ミッキーのトニーさん」のお話はこれでおしまい……というわけにはいきません。振付師でもあっただけに踊りが上手なトニーさんですが、ここでその原点ともいえる70年代前半の貴重な映像を紹介しちゃいましょう。また消されるかもしれませんが以下、YouTube動画を張っておきます。



いやあ、この中の女性が実はトニーさんなんですねえ。前々回のアレサフランクリンの投稿でも触れた伝説のダンスチーム「ザ・ロッカーズ」と一緒に、激しくファンキーダンスを披露しております。バックに流れているのは、マイケル・ジャクソンとダイアナ・ロスの豪華デュエットでも知られるミュージカルの名曲「Ease On Down The Road」!……ただし、これまた衣装が「トンガリお帽子」で超おバカさんですがね。

彼女は、下積みだったはずの時代にも、ロッカーズとともに、地味にこうしたテレビ番組やソウルトレインなんかに出演していたようです。動画では、80年代のヒット映画「ブレイクダンス」にも「オゾン」役で出ていたロッカーズのメンバー「Shabadoo(シャバドゥー)」の姿も見えますな。

私はロッカーズの踊りを見ていると、ダンスとは一にも二にも、身体を音楽と調和させる「リズム感」だとあらためて思い知らされます。ビートが明確なディスコの場合、特にそういえます。80年代にブレイクダンスが流行して以降は、とりわけアクロバットな「技」ばかりが注目されることになり、リズム感そっちのけで音楽とバラバラに体を動かすダンスも見受けられるようになったわけですが、このころは太古からの(笑)基本に忠実でしたね。そのロッカーズにひけをとらない踊りっぷりを見せつけているトニーさんは、やはり「ディスコの申し子」だったと言わざるを得ないのです。