2008年12月31日
キッス (Kiss)
「ディスコ節目の79年」は、線香花火の最後の輝きのごとく、妖しく激しく燃え上がりました。特に上半期は絶好調です。この年のビルボード一般チャートの1位獲得曲を見ても、シック(おしゃれフリーク)を皮切りに、ロッド・スチュアート(アイム・セクシー)、グロリア・ゲイナー(恋のサバイバル)、ビージーズ(哀愁のトラジディー)、ドゥービー・ブラザーズ(ホワット・ア・フール・ビリーブス)、エイミー・スチュアート(ノック・オン・ウッド)、ブロンディー(ハート・オブ・グラス)、ドナサマー(ホット・スタッフ)などなど、6月ごろまではもう90%以上がディスコ(ディスコ系)といった状況でした。「ディスコフォーエバー!!!」と叫びたくなるような、そうそうたる顔ぶれであります。ところが、そんな雰囲気を一変させたのが7月12日、シカゴの大リーグ球場で開かれた有名な「ださいぞディスコ!(Disco Sucks!)」イベントでした(YouTube参照)。音頭をとったのは、地元の人気ラジオDJの白人スティーブ・ダール(Steve Dahl)。ラジオで「今度のダブルヘッダーの試合の合間に、要らないディスコのレコードをみんなでぶち壊そう!」と訴えたところ、実際にリスナーたちがレコードを持って球場に大挙集まり、球場内でレコードを壊すにとどまらず、レコードを投げ飛ばすなどの危険な状況に。フィールドにも観客がどっとあふれて騒ぎだし、第二試合が中止になるほどの暴動になったのでした。
実はスティーブ氏は数ヶ月前、自らが愛するロックから、ディスコ中心に番組改編した地元の別のラジオ局をクビになっており、ディスコには"恨み骨髄"でした。暴動事件の後、ついでに「アイム・セクシー」のパロディー曲で、ディスコをとことん皮肉った「Do You Think I'm Disco?」までリリースし、ビルボード一般チャート58位まで上昇しました。個人的な恨みが発端だったわけですが、全米でけっこう支持する声もあったりして、ディスコブームに一気に暗雲が立ち込めたのです。
79年後半以降も、ビルボードのディスコチャートはもちろん続いたわけですけど、最も権威のある一般チャート(ポップチャート)では、典型的ディスコの影がとたんに薄くなりました。境になったのは、8月後半に6週連続1位を獲得した、正統派ロックの特大ヒット「マイ・シャローナ」(ナック)といわれています(ディスコでもかかったが)。その後、イーグルスとかスティックスといったロックバンド、ルパートホルムズ、ハーブ・アルバートなどのポップ・ロック、AOR系が息を吹き返しました。
「ださださディスコ」運動の背景には、ドラッグや性の乱れといったディスコ特有の放蕩主義、それに「貧乏人は出てけ!」的なセレブディスコ「スタジオ54」(以前の投稿参照)に代表される「エリート主義」「ナルシシズム」(俺ってイケてるぜ)への嫌悪もありました。しかし、それよりも、急速に世界を席巻したディスコ文化の中心を担った黒人やゲイへの反感、嫉妬が確実にあったといわれます。そこまでムキになって反発するとは正直、「ちっちゃいなあ……トホホ」とも思うのですけど、なかなか日本人には理解しがたい超多様社会の現実と不条理に起因する部分も大きいのでしょう。
もちろん、これはあくまでもアメリカの話でして、ヨーロッパのディスコブームには直接、影響を与えませんでした。アメリカの文化(政治も)の影響が大きい日本では、同調して「やっぱりディスコはもうダサいのでは?」というそわそわした気分が少々蔓延したものの、80年代、さらには一部的に(ジュリアナ東京とかで)90年代初頭までディスコが生き続けたのは周知のとおりです。それでも、世界の大衆音楽の中心は今も昔もアメリカですから、「ディスコ」という言葉自体、少〜しずつ勢いを失っていった事実は否めません。
さて、79年の特に前半までは、「猫も杓子もディスコだよん」といった異常な状況でしたので、前述のロッド・スチュアートさんだってアイムセクシーなるディスコを華麗に披露し、さらに皮肉られたのですが、もう一丁、キッスの「ラビン・ユー・ベイビー 」(全米一般11位、ディスコチャート37位)などいかがでしょうか。
いやあ、唐突で申し訳ありません。しかも、キッスのようなハードロックは門外漢ですので、詳しく語る気はハナからありません。けれども、あのキッスがディスコをやったことは紛れもない事実です。
カサブランカという「もろディスコ」なレーベルにいたことも幸い(災い)したのでしょう(以前の投稿参照)、彼らは79年の前半、結果的には炎の激烈ロック「デトロイト・ロックシティー」(76年)と並ぶ代表曲として、ドンドコ・ディスコの名曲「ラビニューベイベー」をひそかに世に送り出していたのです。
改めて聴いてみると、トレードマークの奇天烈メイクもさることながら、ポール・スタンリーの美声ボーカルは伸びがあり、けっこうディスコ向きだと思います。むしろ、凡百のディスコのボーカリストよりしっくりくるくらい(笑)。ただし、ディスコとは今ひとつ相性が良くないエレキギターを前面に出していて、そこに「俺たちはロッカーだぜ」感を盛り込んでいるわけですが(あたり前)。
写真はその「ラビニュー」が収録されたLP「Dynasty」。邦題は「地獄からの脱出」と気合入ってます。CD化もされています。このアルバムからは、ラビニューと「ダーティー・リヴィン」がロングバージョンの12インチとしても発売されています。どちらも名ディスコ・リミキサーの故ジム・バージェス(Jim Burgess)がミックスを担当していますので、ディスコ好きなら12インチを確保したいところですかね。
本日はホントの節目の大晦日。来年一発目は、少し気軽な80年代ものといきたいところです(未定)。
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コメント一覧
1. Posted by まさゆき 2008年12月31日 14:23
いやあいよいよ年の瀬ですな。08大晦日!今日は夜勤のバイトです(苦笑)
キッスの『ラビンユー』かっこいいですね。あと当時の日本のディスコではジンギスカンやボニーMだけじゃなく、トーキング・ヘッズやラモーンズ、ブームタウン・ラッツなどのニューウェーブも流行ったらしいですね。当事者じゃないんであくまで聞いた話ですが。結構ニューウェーブ系の音楽も聞きます。
キッスの『ラビンユー』かっこいいですね。あと当時の日本のディスコではジンギスカンやボニーMだけじゃなく、トーキング・ヘッズやラモーンズ、ブームタウン・ラッツなどのニューウェーブも流行ったらしいですね。当事者じゃないんであくまで聞いた話ですが。結構ニューウェーブ系の音楽も聞きます。
2. Posted by mrkick 2008年12月31日 14:37
コメントありがとうございます。節目特集(?)という意味では、なかなかステキな着眼点ですねえ。ポスト・パンクのニューウェーブは、80年代に入ってからディスコ的に大躍進しましたからね。お仕事お疲れ様。来年もよろしくお願いいたします!
3. Posted by まさゆき 2008年12月31日 21:25
たびたびすいません。ロック曲では80年代頭にディスコでも流行ったモーターヘッドなんかもカッコイイですね。パンクとメタルの融合でジェットコースターさながらの疾走感ですが格調を無視し投げやりなガサツさもありますが。機会があったら取り上げて頂けたらと思います。おもしろそうです。曲も初期は非常にドライです。
夜勤行ってきます。また来年。あと数時間ですが
夜勤行ってきます。また来年。あと数時間ですが
4. Posted by BA-TU 2009年01月07日 15:19
あけまして
おめでとうございます
学生時代にあったDISCOは
サーファーが行く店とヤンキーが行く店
サーファーではなかったけど年誤魔化して
アメリカ村にあった店によく行ってました
当時流行っていたのは
Nicolette Larson - Lotta Love
Robbie Dupree - Steal Away
Silver - Wham Bam
今で言うヨーロッパ村の
葡萄屋にもよく行ってたかなぁ・・・
毎日のように遊びに行ってました@受験戦争ど真中
大学に通うようになってから
見習いとしてDJを始める頃には
Earth, Wind & Fire - Let's Groove
Patti Austin - Do You Love Me
のアメリカ組
ABC - The Look Of Love
The Human League - Don't You Want Me
KajaGooGoo -Too Shy
のUK組
それ以外にも
Sharon Redd - In The Name Of Love
Voyage - Let's Get Started
Kano - Baby Not Tonight
のディスコ組といった風にいろんな音があったなぁ
DISCO音楽がカオスの時代でした
お店も当時の言葉で言うなら『おしゃれ』を
追求したDISCOが入店2時間待ちなんてあたり前
MAGGIやZiZiQueが流行った時代・・・
あの時代はよかったです
おめでとうございます
学生時代にあったDISCOは
サーファーが行く店とヤンキーが行く店
サーファーではなかったけど年誤魔化して
アメリカ村にあった店によく行ってました
当時流行っていたのは
Nicolette Larson - Lotta Love
Robbie Dupree - Steal Away
Silver - Wham Bam
今で言うヨーロッパ村の
葡萄屋にもよく行ってたかなぁ・・・
毎日のように遊びに行ってました@受験戦争ど真中
大学に通うようになってから
見習いとしてDJを始める頃には
Earth, Wind & Fire - Let's Groove
Patti Austin - Do You Love Me
のアメリカ組
ABC - The Look Of Love
The Human League - Don't You Want Me
KajaGooGoo -Too Shy
のUK組
それ以外にも
Sharon Redd - In The Name Of Love
Voyage - Let's Get Started
Kano - Baby Not Tonight
のディスコ組といった風にいろんな音があったなぁ
DISCO音楽がカオスの時代でした
お店も当時の言葉で言うなら『おしゃれ』を
追求したDISCOが入店2時間待ちなんてあたり前
MAGGIやZiZiQueが流行った時代・・・
あの時代はよかったです
5. Posted by mrkick 2009年01月07日 18:15
コメントありがとうございます。アメリカ村ということは大阪でしょうか。サーファー・ディスコは、私の地元だった寒い北国札幌ではあまり流行りませんでしたが、日本独特で面白い現象でしたね。かかった曲も米西海岸風の爽やか系が多くて・・・。故二コレット・ラーソンなどは私も懐かしいです。
6. Posted by アンドロジネコ 2009年01月09日 01:11
あけましておめでとうございます。昨年はありがとうございました。当時のディスコはヨーロッパでもいわゆる西側(西独、伊、仏)が主流でしたがドイツ勢の強さは筆舌に尽くしがたいものです。ただ東側の共産圏に於いてはハンガリーのキャンディポップのニュートンファミリーや東欧から英国に移ったニューウェイブのリーナ・ラヴィッチぐらいしか思い付きませんが70-80ディスコで旧ソ連(ロシア)や東欧産ってありますかね?
7. Posted by mrkick 2009年01月09日 05:45
コメントありがとうございます。80年代半ばまでの共産圏では、あまりディスコは聴かれていなかったでしょうね。旧ソ連の80年代初頭のテクノ系ディスコバンドのCDかレコードを持っていたのですが、名前を忘れました。ただ、今のロシアでは、ディスコの海賊版CDが大量に作られるなど、かなり好まれているようです。
8. Posted by まさゆき 2009年01月11日 03:38
どうも年末にメタルやニューウェイブについて書き込みしました。キッスは歌舞伎的なコスプレでしたがモーターヘッドの場合は黒ズクメの中世北欧のバイキング風の格好でした。曲は極めて侵略性があり、スピードだけでドライなものですがこれも当時ディスコで受けていたというのは以外な気がしますがヘヴィメタルまで組み込んでしまう当時のディスコのしたたかさをかいま見ることができる気がします。
9. Posted by アンドロジネコ 2009年01月20日 04:53
ご無沙汰してます。アンドロジネコです。やはり共産圏ではディスコは少ないそうですね。そんな中でラビンユーと同時期に『ラッキー・ナンバー』でお馴染み奇声を発する三編みがトレードマークのNewWaveDiscoのリーナ・ラヴィッチは東欧ハンガリーからデビューし英国のスティッフレコードからという数少ない東側のアーティストです。ただデビューアルバムは東欧だけにエキゾチックなオリエンタル感覚ロックでいかにも当時らしいです。
10. Posted by mrkick 2009年01月22日 13:11
> ご無沙汰してます。アンドロジネコです。やはり共産圏ではディスコは少ないそうですね。そんな中でラビンユーと同時期に『ラッキー・ナンバー』でお馴染み奇声を発する三編みがトレードマークのNewWaveDiscoのリーナ・ラヴィッチは東欧ハンガリーからデビューし英国のスティッフレコードからという数少ない東側のアーティストです。ただデビューアルバムは東欧だけにエキゾチックなオリエンタル感覚ロックでいかにも当時らしいです。
奇天烈リーナはディスコでも人気でした。ラッキーナンバーは不思議な曲です。
奇天烈リーナはディスコでも人気でした。ラッキーナンバーは不思議な曲です。



