Studio 54「サイバー・ノリPがバキバキ、キメキメDJプレイ!」ってな字幕や見出しが踊っています。テレビのニュースやワイドショーでは、薬物犯罪容疑者となった“ノリノリのりピー”の熱狂DJぶりを映し出すVTRが定番になってしまいました。起訴、不起訴、公判、判決、芸能界復帰…などなど、呼称が「容疑者」から「被告」に変わろうと変わるまいと、これからも節目をにらみながらのネガティブな酒井法子報道は続いていくことでしょう。

あの映像で流れているのは、「サイバー(電脳)」というぐらいですからまさに「恍惚」トランス系音楽でして、1980年代までのディスコをルーツとする今風のクラブを彷彿させるものであります。あの映像からは判断しかねますが、もしそんな超ノリノリ・ハイパー音楽にドラッグが乗っかっていたとすれば、もう怖いものなしの強烈な超越感が訪れることになります。

そういえば彼女は、サーファーでもあったわけで。その昔、死神のように襲ってくる大波の恐怖を「のり越える」ため、世界の若者サーファーがこぞってドラッグに手を出した経緯も思い出します。

でも、犯罪は犯罪。一線をホントに「越えて」しまったらバッキバキにアウト!です。ディスコ的な放蕩主義とフリーセックスの一つの結果として80年代に広がり始めたエイズ禍や、バブル絶頂期の日本のディスコブームに冷水を浴びせかけた1988年の「六本木トゥーリア死傷事故」同様にしゃれになりません。人間、ハメを外すのも楽しいひと時ですけど、世の中にはやはり常識があり、物事にはどうしても限度があるのです。

このブログで何度か触れたように、私の好きな戦前のアナキスト大杉栄の言葉「勝手に踊って、ひとりでに調和する」(「新秩序の創造」)状態、さらには鎌倉仏教の“元祖DJ”一遍上人の「衆生往生を願う踊念仏で神々と戯れる」状態こそが、理想的アナキズムを体現した「解放と融合の象徴」であるディスコ(クラブ)の真骨頂です。境界の見極めは非常に難しいとはいえ、実際に事件・事故というおかしな不調和が起きてしまったらどうでしょう。一気に祝祭の集団熱狂も冷めてしまい、しらけてしまうだけですね。2001年の明石の花火大会事故は一例ですし、過激化した数年前の浅草・三社祭とか青森・ねぶた祭も危ういところでした。

……とは言っても、従来やはり踊り場とドラッグが隣り合わせだったことは確かでした。刹那的快楽の負の側面があった事実は否めません。ニューヨークに実在した有名ディスコ「54」(上写真)を題材にした映画「54(フィフティーフォー)」に描かれているように、70年代半ばからのディスコブーム期には、とりわけアメリカで、マフィア絡みのドラッグ使用・売買の現場としてディスコが定着していました。

なんと一部の英和辞典にも載っている「プラトンの隠れ家」(Plato's Retreat。同名の名曲ディスコも存在。過去投稿参考)は当時、ニューヨークにある会員制ディスコ兼ドラッグ&セックスクラブとして有名でした。

このころに頻繁に使われたドラッグを意味する英語スラングには、DISCOの文字を使ったものがいくつもありました。中に「Disco Biscuit(ディスコ・ビスケット)」というのがあり、これは実は、のりピーと同時期に薬物犯罪容疑で逮捕された押尾学が使用したとされる「MDMA(合成麻薬)」を意味します。それに実際、ちょっと前に紹介した「ALL Night Thing」もそうだといわれていますが、ドラッグの陶酔感を歌詞と音で表現したディスコ曲自体が数多く存在したのです。

アメリカでは60年代半ばから差別撤廃運動が起こり、ベトナム戦争の長期化や超保守のニクソン大統領のウォーターゲートスキャンダル(1972年)などへの若者の反動として、ドラッグや反体制運動を含めたヒッピームーブメントが拡大していました。そんな自由崇拝の風潮の流れを受けて、いわば「ポストヒッピー!」の行く先として「ディスコ」があったわけです。

私がディスコに行き始めた80年前後の日本では、東京など大都会を除けば、まだドラッグ問題は「やくざマター」の範疇でした。私がいた札幌のディスコの周辺には、酒やタバコやケンカやシンナーといった「不良の真似事」をする連中はいましたが、さすがにドラッグの話はあまり聞きませんでした。

ただし、シンナーについては、けっこう常習者がいましたね。自身の体験でいえば、20歳ぐらいのころ、あるディスコの大会で年齢を詐称して「ディスコクイーン」(トホホ)になった16歳の無職少女と知り合ったことがあるのですけど、車に乗せてドライブ中、「アンパンやるわ」なんて言いながらいきなりビニール袋をバッグから取り出し、あどけない顔でシンナーを吸引し始めたときにはドン引きでした。

……でもまあ、そんな感じで、覚せい剤や麻薬や大麻については、ほぼ「超やばいヤクザ」の世界の話だったのに、次第に普通の人々の間に蔓延していったようで恐ろしい限りです。近年はディスコブーム期のアメリカと同じように、日本のクラブを始めとする盛り場周辺にも、ドラッグの影がちらつくようになってしまったのです。

再び私自身の経験を話せば、北海道で新聞記者をやっていた10年ほど前、地方都市の繁華街にある馴染みの普通のバーで、美しい女性客(クラバーでもあった)の一人が、いきなり気軽に「ガンジャ(大麻)やりませんか?」と、タバコのようなものを差し出してきて、腰を抜かしたことがありました。唯一、私の素性を知っていた若い店長は真っ青でした。わざわざ通報するようなことはしませんでしたが、やはりこうした常習者がよく出入りしていたようです。その数カ月後、地元警察がその店長ら数人を大麻取締法違反容疑で逮捕。たまたま警察担当記者だった私は、沈痛な面持ちで、顔見知りの店長の逮捕記事を書くことになったのでした。

もともと、北海道は大麻の自生地としてもよく知られています。フライフィッシングも趣味だった私は、休日に渓流でイワナやヤマメを追っかけている最中、何度も大麻と思われる植物を目にしたものです。保健所や自治体が懸命に刈り取るのですが、採集しに来る悪い輩も少なくなく、事実、「○○山付近に自生する大麻を吸引した疑いで逮捕」という記事も書いたことがあります。

世にますますはびこる大麻に薬物――。けれども、ディスコ/クラブという空間もディスコ/クラブ音楽も、それにサーフィンだって、決してそれ自体が悪いわけではありません。ディスコは「踊って楽しむ場所と音楽」という意味では、逆に、健全に精紳を高揚させて神々と交信(!)できる奇跡的な存在だったに違いないのです。

偶然にも本日8月15日は、日本にとって64回目の終戦記念日であるとともに、戦勝国アメリカにとっては1969年にニューヨーク州で開かれた空前絶後のロック祭「ウッドストック」の40周年記念日でもあります。このヒッピー期を象徴する若者の熱狂の宴では、ドラッグ中毒だったといわれるジャニス・ジョプリンやジミ・ヘンドリックスらが、“教祖様”よろしく降臨して「サイケデリック(幻覚的)ロック」を崇高に歌い奏で、同じようにドラッグ経験者も多かった大勢の聴衆の精神を高揚させたはずです。

そう、ディスコもロックも、サイケなレゲエもヒップホップも、それに「コカイン」を歌ったエリック・クラプトンも、だからといって悪者ではないことは明らかです。ドラッグ漬けのジャニスもジミヘンも、早過ぎる死をもって破滅的にケリをつけた感がある特別な天才ですし、そもそも彼らの生んだ音楽は、「ドラッグ中毒者」とは切り離して考えるべき「芸術作品」です。

何しろドラッグは、南米先住民の風習や「アヘン戦争」の例を持ち出すまでもなく、古今東西、人類の身近にあったわけですから、音楽だけをあげつらっても仕方がありません。「サイバー・ノリP」のキメキメ映像をみて、「いやあトランスってドラッグ音楽なんだね」などと安易に決め付けるのは禁物であります。要はディスコやクラブに行く人、サーフィンする人などそれぞれの個人的資質の問題です。

精紳的な生物である人間は、どうしても超越願望を抱いてしまいがちですが、違法行為にのめりこんでは絶対にしゃれになりませんから、あくまでも順法精紳で困難やストレスを「乗り越えたい」ものです。ディスコやクラブやパーティーや祭で、ほどほどに酒を飲んで踊る程度で陶酔感を得る方がずっと平和ですね……と断言しておきましょう。

というわけで、最後に、ドラッグをモチーフにしたことで知られる“作品としてのドラッグ系ディスコ”を5曲ほどYouTubeから紹介しておきましょう。1曲目は、ジョルジオ・モロダーが音楽を担当した映画「スカー・フェイス」の挿入歌でして、私にとっても懐かしい限り。2曲目は70年代らしいシブーい幻覚系ソウルディスコ。3曲目もきわどい歌詞ですが、“検閲”に触れぬよう見事にかわしています。4曲目は大ヒットした70年代ディスコの名曲。人種差別への皮肉や家族の転落劇を題材にした非常に奥深い内容の歌詞ですが、後に物議を醸し、ラジオ向けに「薬物」や「大麻」と歌う部分が削除・変更されてしまったといういわくつきの曲です。5曲目は以前にも紹介したレイド・バックで、異色の北欧発ニューウェーブ系となっております。

1. Rush Rush (Debbie Harry)
*1983年。「yayo(ヘロイン)」という隠語が随所に出てくる。



2. Smokin Cheeba Cheeba (Harlem Underground Band)
*76年。Cheebaとはマリファナのこと。そのまんまのタイトル。千葉県ではない。



3. Mary Jane (Rick James)
*78年。Mary Janeとは女性名のようだがマリファナを指す。「メリージェーン愛してる!」と連呼。



4. There But For The Grace Of God Go I (Machine)
*79年。歌詞中、非行に走った自分の娘が「クスリと葉っぱにハマった (Popping Pills And Smoking Weed)」と歌う部分が、「太った上に(夜遊びで)睡眠不足に陥った (Gaining Weight And Losing Sleep)」と変更になった。



5. White Horse (Wonderland Avenue)
*2005年。Laid Backが1983年にヒットさせた同名曲のリメイク。タイトル自体がコカイン、ヘロインの隠語。クラブでもカルト的人気。