Paul Hardcastle世にも珍しい「反戦ディスコ」のタイトルは「19(ナインティーン)」。80年代前半からディスコミキサーとして活躍した、英国出身のシンセ奏者ポール・ハードキャッスルの作品であります。

ずばりベトナム戦争をうたった異色作。特に、帰還兵たちの心的戦争後遺症をテーマにしています。「They fought the longest war in American history(彼らは米国の歴史上、最長の戦争を戦った)」という、ニュースキャスターのサンプリングフレーズで始まる印象的な曲です。

19とはベトナム戦に参加した米軍兵士の平均年齢。第二次大戦時の26歳より7歳も若い……その多くの命が戦場に散ったわけです。米軍の戦死者数5万8000人。心的ストレスから犯罪に走る帰還兵も多く、社会問題化しました。

開高健の代表作のルポ「ベトナム戦記」には次のようにあります。「ふたたび猛射が起った。森そのものが猛射しているとしか思えなかった。べトコン兵士の姿は黒シャツの閃きひとつ見えなかった。潰走が始まった。……背後でふたたび乱射が起こった。カートリッジをつめかえおわったのだ。ガクガクする膝で夢中になって走った」

明日の命をも知れぬ地獄の戦場。しかし、無事に帰ってきても、恐怖の記憶は消し去ることができません。19のサンプリングフレーズには、こんなのもあります。「None of them received a hero's welcome (帰還兵の誰もが英雄として迎えられることはなかった)」。世界のリーダーの地位を確立することになった第二次世界大戦とは違い、米軍が唯一、負けた戦争といわれるベトナム戦争の虚しさと愚かさを象徴するかのように、曲中では何度も繰り返されていきます。

どんな大義があろうとも、結果は悲惨でしかない戦争と、桃源郷の平和なダンスフロアを結びつけた力技に、ハードキャッスルの特異な才能を感じざるを得ません。

曲調もなかなかよろしい。ヒップホップの要素を盛り込んだミデアムテンポのダンスミュージックをベースに、サンプリングや戦争をイメージした効果音が、リズミカルに小気味よく入ってきます。当の米国のダンスフロアでも人気を博し、85年の米ディスコチャートで2週連続1位になりました。

もちろん、日本のフロアでもよく耳にしました。84年といえば、まだ経済成長神話が信じられていて、北朝鮮有事だ憲法改正だ収入格差だなどと騒いでいる今と比べれば、きな臭い話題も少なかった。とにかく世の中が平和かつ平等でなければ、ディスコなど楽しめるものではありません。あの時代は、反戦ディスコも平和に平等に楽しめたわけです。

ハードキャッスルには、ほかにも「レイン・フォレスト」(84年)というディスコ系の代表作があります。こちらはぐっと落ち着いた曲調。実は、前回紹介のバーバラ・メイソン「アナザー・マン」と「つなぐ」と、絶妙な調和を醸し出します。

才人ハードキャッスルは90年以降、それまでのディスコ調から脱皮して「スムーズ・ジャズ」と呼ばれる新境地を開拓し、さらに地位を不動のものにしました。

その変貌について、マスコミのインタビューではこう語っています。「シンセサイザーを使ったダンスミュージックという意味では、80年代でもうすべて、やるべきことはやってしまった。別の道を探すしかなかったんだ」。余裕の発言というべきでしょうか。

写真のCDは、彼の20年間の作品を集めたベスト盤(英Jazz FMレーベル)。旧作、新作を問わず、ほかにもいろんなCDが出ています。