ディスコ堂 by mrkick

音楽に貴賎なし ―Discoの考察とCD批評

トロント

パーシー・フェイス (Percy Faith)

Percy Faith ‎– Disco Partyまたまたお久しぶりで〜す! ......というわけで、ディスコ化したイージーリスニング特集の第2弾、今回はカナダやアメリカを舞台に第二次世界大戦前から大活躍したパーシー・フェイスと参りましょう!

やはりこの人も前回のポール・モーリアさん同様、今のような猛暑の日々にはぴったりの爽やか涼風路線を突っ走っているわけですけど、生まれはなんと日露戦争から3年後の1908年!ですので、17歳年下のモーリアさんよりさらに先を突っ走っていたオーケストラ・マスターとなります。

カナダのトロント出身。子供のころからピアノやバイオリンをたしなみ、地元の無声映画館で演奏するなどしていたのですが、18歳のときに火事で手に重い火傷を負い、演奏者としての道を断念するという不運に見舞われました。

その後、指揮者やアレンジャーとして生きることを選び、これが大成功。早くも20代半ばには、カナダでも勃興してきたラジオ放送局で、自らが率いるオーケストラが演奏する音楽番組を持つようになり、大人気となったのです。すぐにアメリカの放送局からも目を付けられ、パーシーさんはアメリカへの移住を決意。そこでも音楽ディレクターとしてラジオシリーズ番組を担当することになりました。

50年代になると、トニー・ベネットやジョニー・マティスといったスター歌手のレコーディングでアレンジャーを務めつつ、自分のオーケストラのレコード制作も本格化。「デリカード」(1952年)、「ムーラン・ルージュの歌」(1955年)といったインストゥルメンタルのヒット曲を世に送り出し、60年にはビルボードの総合チャートで9週連続1位を記録した代表曲「夏の日の恋」を発売しました。

その後はロック、ポップス時代の到来もあって大ヒットは生まれませんでしたが、映画やミュージカル、テレビドラマ向けにムーディー極まりない音楽をコツコツと作り続け、各方面から引っ張りだこの人気音楽家としての地位を保ちました。

ディスコが世界で定着し始めた1970年代半ば、パーシーさんはディスコアレンジの曲を立て続けに録音しました。75年に「Disco Party」というあからさまなタイトルのアルバムを発表、さらに「夏の日の恋」のディスコバージョンのシングル「夏の日の恋 76'」も発売したのです。

このころのパーシーさんの楽曲は、それまでのムーディーさとは打って変わり、ぶいぶいベースやどんどこドラム、うねうねワウ・ギターが駆け巡るファンキーなナンバーや、快活な女性コーラス、ストリングス、フルートが前面に押し出された正統的オーケストラディスコが目白押しです。

「Disco Party」は、随所にアナログシンセサイザーや電子オルガンなどの電子音も聞こえてくるし、ストリングス、ホーンセクションとの豪快な絡み具合が聞き所です。ポール・モーリアの「手品の曲」としても有名な「El Bimbo」のやけに壮大なディスコバージョンのほか、ゲイリー・トムズ・エンパイアの「Blow Your Whistle」や「剣の舞」などの飛び切りダンサブルなディスコアレンジが楽しめます。

パーシーさんはこの一連のディスコを録音したすぐ後の76年2月、がんのため67歳でこの世を去ってしまいました。長いキャリアと人生の終盤に訪れたディスコブームに、音楽家としてきちんと足跡を残した点は(ディスコ堂的には)高く評価されるべきだと思っております。

「Disco Party」の入ったCDには、上写真の米国盤「Percy Faith and His Orchestra Country Bouquet / Disco Party」(Sony Music)というのがあります。「夏の日の恋 76'」についても、同じ米ソニー盤で「Chinatown Featuring The Entertainer / Summer Place '76」というのがあり(下写真)、これらCD2枚があればパーシーさんのディスコものはほぼ網羅できます。

次回も折をみて突然、更新いたします。
Percy Faith Summer Place 76

タップス (Tapps)

Tapps今回はカナダつながりでタップスです。トロントを拠点に活動していた3人グループで、中心人物はポルトガル生まれのアラン・コエルホ(Allan Celho)なる人物。1983年に発売したハイエナジーディスコ「My Forbidden Lover」(マイ・フォービッデン・ラバー=禁断の恋人、YouTubeご参考)が世界的な人気を獲得しました。

この曲は、当時流行り始めてきたイタリア系ディスコ(イタロディスコ)にも似た、シンセサイザーを軸としたメロディーとビート展開を特徴としています。

私は当時、ディスコのフロアで初めて聞いた時、イントロから入ってくる「ぴゃらん、ぴゃらんら、ぴゃらん、ぴゃらららら〜♪」(描写困難)という感じの、ちょっと人を食ったような、さらには「ハンメルの笛吹き」(?)のような「おとぼけメルヘンシンセ」のリフに強く印象付けられたものです。同時期にヒットしたブロンスキー・ビートの「スモールタウン・ボーイ」のリフにも少し似ておりまして、今も耳の奥にこびりついて離れないのでございます。

グループは、学生時代の級友であるAllan、Tony DaCosta、Paul Silvaの3人で結成。ボーカルとして加えた女性は、Barbara Doustという人ですけど、コンサートなどでの「表向きの顔」として、Candy Berthiaumeという別の女性を起用していたそうです。本物の人は、なんだかかわいそうですが。

TAPPSという名前は、級友3人のファーストネームを繋ぎ合わせた造語。彼らを紹介したウェッブサイトなどによると、最初は、ポルトガル系移民がたくさんいたトロントで、音楽好きの若者が集まって「地元で人気者になろう」とスタートしたようですが、ディスコグループとしては世界的にも知られるようになりました。

彼らは代表曲となった「My Forbidden・・・」の後も、「Runaway」とか「Harricane」、それに「In The Heat Of The Night」といったハイエナジー曲を次々と世に送り出し、そこそこの人気を保ったのですが、80年代後半には失速。「ハイエナジー」というジャンル自体の影が薄くなり、やはり消えていく運命となりました。

「ポルトガル系ディスコ」(?)の珍しいグループだったTappsですが、CDはあまり出ていません。写真は、80年代モノを数多くCD化している米Thumpレコードが15年ほど前に発売したCD「Greatest Hits」ですが、あまり巷では見かけなくなりました。12インチをこつこつと集める方がずっと賢明だと思われます。

なんだか地味だったかな、TAPPS……。それでも、私の耳の奥では今も、あの「おとぼけのリフ」が鳴り響きます――「ぴゃらん、ぴゃらんら、ぴゃらん、ぴゃらららら〜♪」(やっぱり描写困難)。
CDのライナーノーツ書きました(自己宣伝)


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