ディスコ堂 by mrkick

音楽に貴賎なし ―Discoの考察とCD批評

フィリー・サウンド

オージェイズ (The O'Jays)

The O'Jaysオージェイズといえば、「荒野のならず者」、「ラブ・トレイン」、「アイ・ラブ・ミュージック」が三本柱。ディスコフロアでも恐ろしいほいど人気であります。70年代を通して、同じ米オハイオ州出身の“ライバル”オハイオプレイヤーズらとともに、全米R&Bチャートのトップ争いをしていました。何しろ結成は1958年で、今も活躍中といいますから、次元を超えたベテランです。

結成当初は5人だったり、4人だったりした時期もありますが、70年代半ばには、Eddie Levert、 Walter Williams、 William Powellの3人に落ち着きました。同時に、ディスコプロデューサー・コンビのギャンブル&ハフに見込まれ、フィリーサウンドの大御所になっていくわけです。特に中心人物のEddieについては、息子が80年代、人気R&BグループのLevertを結成したことでも知られます。

彼らのピークはどうみても70年代。でも、今回紹介したいのは、80年代に入ってからのアルバムであります。特に83年の「When Will I See You Again」と84年の「Love And More」のころが大変によろしい。自分がディスコで実際に聞いたというのが大きな理由ではありますが、ドラムマシーンって下っ腹に響いて、やっぱり素敵です。

「When…」の方でいうと、「Put Our Heads Together」(米ディスコチャート11位)が珠玉です。メロディーラインは「ありがちな80年代ブラコンディスコ」ながら、絶対的なボーカルパワーで、しっかりと細部を引き締めております。ディスコではトニー・リーの「リーチアウト」あたりとセットでかかっていた気がします。

「Love…」では「Everybody's Dance Krazy」と「Love And Direct」が、これまた“ぶいぶいシンセ路線”で秀逸。メンバーが初期のころと大きくは変わっていないので、ボーカルを聞いて「あっ、オージェイズさんだ!!」とすぐ分かるのがまた結構であります。こちらは当時のディスコでは聞いた記憶はありませんけど、今かかってもおかしくない、と個人的には思います。もちろんバラードも申し分なく、夜の部屋での“かけ流し”にぴったりですな(絶賛)。

70年代があまりにも派手だっただけに、ディスコブーム以降は無視されがちな彼ら。けれども、少なくとも、80年代、さらに90年代までそこそこのヒットを出し続け、サバイバルできたのはたいしたものです。オハイオプレイヤーズなんて、80年代には「どこいった??」となっていたわけですから。再評価されてしかるべきだと思います、個人的には。

「フィラデルフィアサウンド」の発信源の「米フィラデルフィア・インターナショナル・レコード(PIR)」は、CD再発にとても力を入れています。写真はなんと上記「When…」と「Love…」の豪華カップリング盤!。一家に一枚、ほしいところです。

Spinners (スピナーズ)

Spineers CD60〜70年代前半から活躍してきたアーチストにとって、70年代末の大ディスコブーム期をどう乗り切るかが課題だったということは、これまで何度か述べました。皆さまざまに試行錯誤しつつも、現実には、1980年以降も生き残る「80(エイティー)越え」を果たしたアーチストは、けっこう少なかったのです。

ソウルのボーカルグループも総じて「80越え」できていません。特に男性グループの凋落は顕著でした。70年代にあれだけ隆盛を極めたというのに、少し前に紹介したウィスパーズなど一部を除けば、ヒットチャートからは姿を消していったのです。ディスコのせいだけではなく、ポピュラー音楽シーン全体が、ボーカルグループ時代の終焉を言い渡していたというべきでしょうか。

…ということで、今回はスピナーズ。言うまでもなく、「イッツ・ア・シェイム」(70年)や「フィラデルフィアより愛をこめて」(72年)で知られる大物ですけど、やはりディスコの嵐に振り回された感があり、「80越え」がイマイチできなかった人々だと見るべきでしょう。でも、私にとっては、79年後半にリリースしたアルバム「Dancin' And Lovin'」は名盤です。「腕っこきのボーカルグループが、ディスコを上手にこなすとこうなる」という好例だと思うのです。

収録曲は「Disco Ride」に始まって、「Body Language」、「Let's Boogie, Let's Dance」、2曲メドレー構成の「Working My Way Back To You/Forgive Me Girl」など。ベタなディスコタイトルがどうしても目立ちますが、いずれもハッピーでゴキゲンな(!)ダンスナンバーです。

プロデューサーは、「レッツ・オール・チャント(邦題:チャンタで行こう)」(78年)でおなじみのマイケル・ゼーガーさん。時代から考えて、さもありなん、といったところですけど、もろ「ディスコオンリー」という感じはありません。私の好きな初期シンセ音はほとんど使われていないものの、その分、フィリーサウンド風の上品で洗練されたオーケストラ演奏が楽しめます。

中でも、ビルボード一般チャート2位まで上昇した「Working…」は超名曲ですね。フランキー・ヴァリ&フォーシーズンズの66年のヒット曲「Working My Way Back To You」を、ほかの曲と合成してメドレーとしてディスコリメイクしたものですが、私は中学生のころからずっと今まで、飽きずに聴き続けています。何だか体だけではなく、心までが踊りだすようなイイ雰囲気。高音、低音パートのボーカルの掛け合いが絶妙であります。82年ごろの札幌のディスコでも、何度か耳にしました。

あとは、「Body Language」も好きな曲ですなあ。途中で、なんと「レッツ・オール・チャント」の「ユア、ボディ、マイ、バディ、エブリバディ、ワーク、ユア、ボディ♪」という「さあ、みんな踊ろうよ!!」のリフが入ってくるんです。そんな遊び心がたまりません(ベタボメ)。

彼らは、このアルバム発表の直後の80年にも、ディスコメドレー曲「Cupid/I've Loved You For A Long Time」をシングルヒット(ビルボード一般チャート4位)させました。まさに「Disco Ride」してブームに乗っかった形でしたが、3匹目のドジョウはいませんでした。調子に乗ってまたもやメドレー「Yesterday Once More/Nothing Remains the Same」(81年)を出してしまい、ビルボード最高52位と敗退。ここで彼らも「過去の人びと」になってしまいましたとさ。

上写真のCDは、米Rhino盤の「Dancin' And Lovin'」。LPジャケットがいかにもディスコ風で素晴らしかっただけに(下右写真)、もっと大きく印刷してほしかったところですね。Spinners
プロフィール

mrkick (Mr. Kick)

「ディスコのことならディスコ堂」----本名・菊地正憲。何かと誤解されるディスコを擁護し、「実は解放と融合の象徴だった」と小さく訴える孤高のディスコ研究家。1965年北海道生まれのバブル世代。本業は雑誌、論壇誌、経済誌などに執筆する元新聞記者のジャーナリスト/ライター/翻訳家。もはや踊る機会はなくなったが、CD&レコードの収集だけは37年前から地味〜に続行中。アドレスは↓
mrkick2000@gmail.com

*「下線リンクのある曲名」をクリックすると、YouTubeなどの音声動画で試聴できます(リンク切れや、動画掲載者の著作権等の問題で削除されている場合はご自身で検索を!)。
*最近多忙のため、曲名質問には基本的にお答えできません。悪しからずご了承ください。
*「ディスコ堂」の記事等の著作権はすべて作者mrkick(菊地正憲)に帰属します。

Archives
検索してみよう!

このブログ内
ウェッブ全体
本業分野の著書!(Amazonリンク)


初証言でつづる昭和国会裏面史!
著書です!(Amazonリンク)


キーワードは意外に「ディスコ」。
TOEIC930点への独学法とは…
CDのライナーノーツ書きました(Amazonリンク)


たまには「ボカロでYMCA」。
キュート奇天烈でよろし。
訪問者数(UU)
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

最近の訪問者数(UU)

    Recent Comments
    blogramボタン
    blogram投票ボタン
    QRコード
    QRコード
    • ライブドアブログ