ディスコ堂 by mrkick

音楽に貴賎なし ―Discoの考察とCD批評

マイク・シオドア

シージェー・アンド・カンパニー (C.j. & Co.)

CJ & Co.今回紹介するのは1977年に全米ディスコチャート1位になったC.j. & Co.。オーケストラサウンドに少し電子音をアレンジした典型的ディスコグループです。

デトロイト生まれのグループで、前々回のマイク・シオドアとデニス・コフィーのコンビがプロデュースしています。つまり「デトロイト・ディスコ」の一つ。77年にディスコブームに乗ってファーストアルバムを発売し、代表曲「Devil's Gun」が大ヒットしたというわけです。この曲は全米R&B、一般チャートでもそれぞれ2位、36位まで上昇しています。

レーベルは地元デトロイトのインディー系ファンク&ディスコレーベルのウェストバウンド(Westbound)でしたが、配給がかの黒人音楽の“殿堂”アトランティックだったため、セールスを後押ししました。

Devil's Gunはまずイントロが印象的です。ベースから入って、次にピアノ、ホーンセクション、ストリングス、そしてボーカルとだんだん厚みが増して盛り上がっていくパターン。踊らせますねえ……。メロディーも申し分ありません。……と、クレジットをよくみると、ミックスはこれまた「ディスコの王様」トム・モールトンであります。微妙にムーグあたりの初期シンセの「みにょ〜〜ん」「ぼにょ〜〜ん」という電子音が入ったりして、さすがですよ。

この曲、ベースラインはジョルジオ・モロダーが作ったディスコバンドMunich Machineの大ヒット曲「Get On The Funk Train」(77年、全米ディスコチャート7位)にちょっと似ています。発売時期はほぼ同じなので、どっちかが真似したのかもしれません。この程度のパクリはディスコでは超よくあることなので、大した問題ではありませんが。

この人たちは78年にセカンドアルバム「Deadeye Dick」を出し、それが不発に終わったために解散に追い込まれてしまいます。ホント一発屋なのですが、私はアメリカディスコ史に残るグループの一つだと思います。アトランティックが絡んだ「ディスコオンリー」の黒人グループであることや、フィリー・サウンドとかバリー・ホワイトのようなオーケストラサウンドを持ち味としていることなどから、まさにアメリカ・ディスコの王道を行くような音なのです。

写真はそんなC.j. & Co.の唯一のCD(米Ace盤)。しかもそんなにレアではなく、音質もOKであります。Devil's Gunのほか、「We Got Our Own Thing」「USA Disco」「Deadeye Dick」など、質が高く元気いっぱいなディスコ曲がフルバージョンで計10曲収録されています。

このCDのなかなか詳しいライナーノーツを読んでみたら、マイク・シオドアがこんな風にコメントしていました。「ディスコに対する反発が異常に強かったため、“Devil's Gun”をメジャーなラジオ局でかけてもらうのは困難を極めた。一般的な“全米トップ40”をやるような局では相手にされなかったのだ。ヒットはしたものの、そんなひどい差別があったために、ある程度のレベルにとどまってしまったのだ」

いやあ、黒人&ゲイ&マイノリティーで作り上げたディスコ文化は、アメリカではどうしても差別の憂き目に遭っていたようです。そんな重圧をはねのけて、ディスコ以外でもヒットしたのですから、曲自体の価値はもっと高かったといっていいのではないでしょうか。

キング・エリッソン (King Errisson)

KIng Errisson70年代ディスコで欠かせない楽器セクションには、ドラムとともに中心的なリズムを構成するコンガやボンゴなどのパーカッションが挙げられると思います。とりわけアフリカ&カリブの香りたっぷりのコンガは、80年代初頭にシンセサイザーが幅を利かせるまでは、ディスコの必須アイテムといっても過言ではありませんでした。

今回紹介するのは、ジョン・レノンからハーブ・アルバート、さらにはニール・ダイアモンドまで、いろんな著名アーチストのセッションミュージシャンとして引っ張りだこだったパーカショニストのキング・エリッソンです。以前に紹介した、70年代初期の伝説のパーカショングループ「Incredible Bongo Band」にも参加していました。チャートアクション的には地味ですが、ディスコ的にも欠かせないアーチストだと思っています。

1941年にバハマに生まれた彼は、77年、ディスコレーベル「Westbound」から「L.A. Bound」という傑作ディスコアルバムを出しています。彼お得意のコンガが前面に出ています。70年代ディスコを彩ったパーカッションの魅力が、最もうまく引き出されている例の一つだといえます。

L.A. Boundのプロデューサーは、70年代のアメリカのディスコを語る上では欠かせないマイク・シオドアとデニス・コフィー。特にマイクは自身でも「コズミック・ウィンド」(77年、全米ディスコチャート2位)などのディスコヒットを連発した人です。さらに、ミックスをトム・モールトンが担当している点も見逃せません。

L.A. Bondは長尺の5曲で構成。A-1のミディアムナンバー「Disco Congo」は、コンゴだけではなく、ボニーM.など一部を除きディスコでは珍しいスティールドラムの音色が印象的です。A-2の「Manhattan Love Song」は10分以上あり、フィリーサウンド調。B-2「Well, Have A Nice Day」も、サビの部分がやはりフィリー調となっています。これは、このアルバムの録音スタジオがフィラデルフィアの「シグマサウンド」であることに由来すると思われます。

最後のB-3も、控えめな曲調ながらも軽快で踊りに適したダンスナンバーですね。ここでもスティールドラムが意外な効果を発揮しています。

写真のCDはL.A. Bondと、その前年の76年に発表したディスコ系アルバム「The Magic Man」との豪華カップリングで、2年前に英Aceレコードから発売されました。The Magic Manには、「Forget Me Nots」(82年、全米ディスコチャート2位)などのディスコヒットで知られるパトリース・ラッシェンもキーボード担当として参加しています。2枚ともアナログでも長らくレア扱いでしたので、このCD化には驚いたものですな。
プロフィール

mrkick (Mr. Kick)

「ディスコのことならディスコ堂」----本名・菊地正憲。何かと誤解されるディスコを擁護し、「実は解放と融合の象徴だった」と小さく訴える孤高のディスコ研究家。1965年北海道生まれのバブル世代。本業は雑誌、論壇誌、経済誌などに執筆する元新聞記者のジャーナリスト/ライター/翻訳家。もはや踊る機会はなくなったが、CD&レコードの収集だけは37年前から地味〜に続行中。アドレスは↓
mrkick2000@gmail.com

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