ディスコ堂 by mrkick

音楽に貴賎なし ―Discoの考察とCD批評

ミュンヘン

ロバータ・ケリー (Roberta Kelly)

Roberta Kellyドナサマー追悼で3年ぶりに踊りに行ったら腰をやられて1日寝込みました……というわけで、老体にムチ打って今回ご紹介するのは、ドナさまにはかないませんけど、しかしドナさまとも濃密に絡み合いながら、ディスコ史にしっかりその名を刻んだロバータ・ケリーさんで〜す!(カラ元気)

え〜と、このジャケット(左写真)からまずはスタートです。どうです? もうすっかりアフロな笑顔が弾けてるでしょう? それもそのはず、ロバータさんは、ディスコ黎明期の70年代前半には既にディスコ界にちょろりと顔を出し、かの「ミュンヘン・ディスコ」の先鞭をつけた偉人なのでありました。

1942年、米ロサンゼルス生まれ。幼少時にゴスペル音楽で喉を鍛え上げ、地元でソウルグループのリードボーカルを務めるなどの活動を始めました。米モータウンレコードの関係者から評価され、デビュー寸前までいったこともあります。それでも、やはり芽が出なかったので、70年代初頭、30歳ごろになって一念発起、ドイツに旅立ちます。

そのころのドイツ(旧西ドイツ)は、72年のミュンヘン五輪に向けてエンターテインメント界も各種イベントを計画するなどして、明るく盛り上がろうとしていました。「ナチスの悪夢」から逃れ、新しいドイツを築こうと懸命だったのです。つまり、ドナ・サマーと同様にロバータさんも、“オリンピック祭り”に加わってチャンスをうかがおうと考えたのです。

現地でロバータさんは、「フライ・ロビン・フライ」を後に大ヒットさせるシルバー・コンベンションの歌手ペニー・マクリーン、さらに68年にミュージカル出演のために訪独して下積み時代を送っていたドナ・サマーとも知り合うことになります。ドナとは、同じアフリカ系米国人の修行中の歌手として、すぐに意気投合しました。ここで、大物プロデューサーであるジョルジオ・モロダーとその相棒ピート・ベロッテとの繋がりも生まれたのでした。

ロバータさんはまず、74年にジョルジオらのプロデュースで「Kung Fu's Back Again」というトホホなカンフーものディスコでデビューしたもののあまり売れず、75年の「フライ・ロビン・フライ」のボーカルの一人として参加します。これは大ヒットしたものの、レコードのクレジットには彼女の名前が記されないという残念な結果に終わりました(特に黒人女性歌手にはよくあることだったのだが)。

転機が訪れたのは30代も半ばになった76年のことでした。同様にジョルジオ&ピートが手掛けた「Trouble Maker」がようやく欧米で大ヒット(米ディスコチャート1位)。続く「Zodiacs(邦題:恋の星占い)」も世界中のディスコで人気となりました。

このころには、「ジョルジオ繋がり」でドナ・サマーとともに米カサブランカ・レコードに移り、いよいよメジャー化するかと思われました。親友のドナが猛烈な勢いでスターダムにのし上がる中、78年に満を持して、ゴスペル曲で構成された珍しいディスコアルバム「Gettin' The Spirit」を発表したものの……不発に終わりましたとさ。残念!

その後、二度と表舞台には出てこなくなってしまったロバータさん。とはいえ、前述の「Kung Fu's…」は、おとぼけサウンドとはいえ、ジョルジオによるプレミア付き初期ディスコではあります。五輪後の本格的なドイツの経済成長と軌を一にして登場した、バカラ、ジンギスカン、ボニーM、アラベスクといった底抜けに明るいミュンヘン・ディスコの礎をジョルジオ、ピート、ドナらとともに築いたのは確かなのです。

CDについては2-3年前、再発レーベル「Gold Legion」から2枚発売されました。代表曲「Touble Maker」や、雰囲気のいいミデアムテンポのリメイクダンス曲「Love Power」が入ったアルバム「Trouble Maker」、それと「Zodiac」やノリの良い「Love Sign」が入った“アフロな占い歌謡アルバム”「Zodiac Lady」(上写真)であります。

2枚のうち、「Trouble Maker」には詳細なライナーノーツ(英文)がついており、在りし日のドナ・サマーやジョルジオ・モロダーのコメントも載っていてとても貴重です。ドナさまは70年代初頭のミュンヘン暮らしを振り返り、ロバータについて「彼女とその母親は、私の娘ミミの子守りをよくしてくれたわ。あれ以来、私たちはずっと友達なのよ」などと語っています。

一方、ジョルジオさんは「ロバータもドナも、あるアメリカのアーチストのデモ音源を制作するために起用した。2人とも素晴らしい声の持ち主だったから、別々に歌手として売り出したかったんだ」と語っています。

70年代半ばの同時期、ドナさんには音楽史に残るほどに実験的な「Love To Love You Baby」や元祖テクノディスコ「I Feel Love」を手掛けて大成功を収めたのに対し、ロバータさんには「二番煎じっぽいカンフーもの」とか脱力の「占いもの」だったとは…。そこが運命の分かれ道でした。厳しいぜよ、ジョルジオ(いきなり土佐弁)…と、ここはしんみり訴えておきましょう。

ジンギスカン (Dschinghis Khan)

Dschinghis Khan天高く馬肥ゆる秋……というわけで今回は企画ものディスコの王者ジンギスカンです。北海道出身の私にとっては、誰もが知ってる名曲「ジンギスカン」が、食欲の秋にはいかにもふさわしい。

ジンギスカンは、まず曲としてのジンギスカンが作られて、後で曲のコンセプトに合わせてグループが結成された経緯があります。旧西ドイツのベルント・マイヌンガー(Bernd Meinunger)なる学者が70年代後半、音楽プロデューサーであるラルフ・ジーゼル(Ralph Siegel)と相談して、「売れる曲を作ろう」と計画。当時の大衆の嗜好を徹底的に調査・研究した結果、出来上がったのがジンギスカンだったとされています。

ベースになったのは、世界で既にドイツ発ディスコスターとして名を上げていたボニーMでした。つまり、シルバー・コンベンションや初期のドナ・サマーらと同じミュンヘンディスコのくくりになります。

「売れたいコンセプト」で作られただけに、もう最初から無防備に商業ベースなグループでした。800年前の騎馬民族による大帝国モンゴルの総帥ジンギス汗を意識した奇天烈なコスチュームは話題を呼び、ヨーロッパのメジャーな音楽祭「ユーロビジョン・コンテスト」でも入賞を果たし、ほとんど無視されたアメリカ市場を除いて、ほぼ世界的なディスコスターとなったのでした。

ただし、本当にジンギス汗がそんなに派手な王様だったのかは疑問です。伝えられている肖像画はこれですからね↓

ジンギスカン







まあ、ビジュアルもさることながら、曲自体がユニークです。ジンギスカンのほかにも、ジンギスカンと並ぶ名曲「めざせモスクワ」とか「チャイナボーイ」とか「イスラエル」とか「サムライ」とか、世界をかけめぐっています。

もう曲名だけ見ても“ジンギスカンたべておなかいっぱい”な感じ。80年代の竹の子族などには、「ハッチ大作戦」という曲も定番として親しまれていました。いずれもオリエンタル風だったり、チェコ民謡のポルカ風だったりと、いかにも欧州のディスコらしい陽気さを特徴としております。歌詞はドイツ語で、普通の英語の洋楽とは異質な響きがありますので、その分、曲の個性が際立っています。

やはりこの人たち、80年代に入ると一気に人気は下降線を辿り、80年代半ばには解散を余儀なくされました。2000年代になって一部メンバーにより再結成しましたが、最も派手な衣装を身にまとい、舞台で中心になって踊っていたメンバーのルイス・ヘンリック・ポンジェッター(Louis Hendrik Potgieter)は90年代半ばに既に、エイズで亡くなっています。別の中心メンバーだったスティーブ・ベンダー(Steve Bender)も2006年、がんで死去(享年59)。鮮烈な印象を残した“究極の際モノ”ディスコグループは、記憶の中に永遠に封印されることになりました。

CDは日本盤でいくつか出ています。写真は95年発売のビクター盤で、ジンギスカン、めざせモスクワ(6分バージョン)、ハッチ大作戦、サムライなどの代表曲がほぼ網羅されております。
プロフィール

mrkick (Mr. Kick)

「ディスコのことならディスコ堂」----本名・菊地正憲。何かと誤解されるディスコを擁護し、「実は解放と融合の象徴だった」と小さく訴える孤高のディスコ研究家。1965年北海道生まれのバブル世代。本業は雑誌、論壇誌、経済誌などに執筆する元新聞記者のジャーナリスト/ライター。もはや踊る機会はなくなったが、CD&レコードの収集だけは37年前から地味〜に続行中。アドレスは↓
mrkick2000@gmail.com

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