ディスコ堂 by mrkick

音楽に貴賎なし ―Discoの考察とCD批評

ラビヨンダ

サブリナ (Sabrina) &イベント告知

Sabrinaさて、今回は「ディスコおねえさん特集」の続きでサブリナ(本名:Sabrina Salerno)です。写真はデビューアルバム「サブリナ」の日本盤CD。80年代後半、ご覧の通りバブリーな容姿で大人気だったアーチストであります。

1968年イタリア生まれ。「地元の美人コンテストで優勝→モデル→歌手」という一般的なパターンを歩んだ彼女は86年、「セクシー・ガール」という曲をリリースして注目されます。続く87年に発売した「ボーイズ」がヨーロッパを中心に世界的なディスコヒットとなったわけです。日本でもバブル・ディスコ時代を代表するアーチストに加えられますね。

ヌード姿やお色気路線のビデオクリップも話題となりました。ディスコ界では珍しくはありませんが、歌の上手い人ではまったくありませんので、最初からもろセクシー(エロ)狙いの歌手だったといえます。男子にとっては「ジャケ買い必至」といえましょうか。な〜んとお下劣!……いや、私も当時、そんな感じで12インチを買ってしまった一人であると告白いたします。

曲のスタイルは、典型的なシンセ打ち込み型のイタロディスコ(ユーロビートでも可)です。上記2曲以外にも、「ライク・ア・ヨーヨー」とか「ホット・ガール」とか「オール・オブ・ミー」などのポップナンバー、さらには「レディー・マーマレード」、「アイム・セクシー」、「マイ・シャローナ」などのリメイクものを数多くリリースし、それぞれ相当な人気を博しました。

売れっ子になったこともあり、プロデューサーやアレンジャーには、ジョルジオ・モロダーラビヨンダストック・エイトケン・ウォーターマンをはじめとするディスコ界の大御所も起用されています。

サブリナさんは歌手活動だけでなく、恵まれたルックスをフルに生かし、舞台女優やテレビタレントとしても活躍しました。日本で言えば、80年代タレントの武田久美子とか伊藤かずえに似た感じですね(特に顔)。

それでも、90年代に入ると「アーチストとしての私」に目覚めたのか、セクシーイメージを払拭しようとして事務所と対立するようになり、セールス的に低迷した時期がありました。それでも90年代後半には無事カムバックを果たし、本国では40代に突入した現在も、かなりの人気を保っているようです(セクシー路線はどうやら“遠い昔”ですが)。

CDは、デビュー当時からけっこう日本盤でも海外盤でも出ていたのですが、最近はほとんどが廃盤になっています。とはいえ、ベスト盤はドイツの「L.T. Series」などからいくつか出ておりまして、入手はそれほど難しくありません。往年のバブリーディスコを堪能したい向きには、このバブリー歌手は欠かせない存在かと思われます。

★★★ところで、今回はちょいとイベント告知を・・・・・・。本ブログのコメント投稿で毎度お世話になっておりますベテランDJ「ボビQ」さんが3月7日、東京・高円寺にてディスコイベント「幕の内ナイト」を再び開催いたします。私もちょくちょく行っておりますが、80年代のハイエナジー&ユーロビート&ニューウェーブを中心に、ロック、パンク、R&Bさらには和モノなど盛りだくさんの内容でして、文字通り“幕の内な夜”を満喫できます。その該博な音楽知識と選曲センスにはいつも感銘を受けております。東京界隈の方はぜひ! 

詳しくは専用サイトをご参照ください↓
http://www.geocities.co.jp/makunouchi_night/

D.D. サウンド (D.D. Sound)

D.D. Sound先日、70年代から活躍する知人のベテランDJに「70年代後半によくかけていた曲は?」と尋ねたところ、いくつか挙げた中で「ワン・フォー・ユー、ワン・フォー・ミー」という答えがありました。私は思わず「おぉ〜、そういう曲あったなあ」と膝を打ったものです。

アーチストは「ラビヨンダ(La Bionda)」というイタリア人の兄弟2組。録音などの活動拠点はドイツで、いわゆる「ミュンヘンディスコ」の枠内にある人々です。「ワン・フォー・ミー…」の発売は78年。私はまだ中学1年生でしたから、リアルタイムでは踊った記憶はないのですが、典型的なハッピー・ディスコの名曲だと思っています。その能天気なラテンぶりはYouTubeの映像でも伝わってきます。

ラビヨンダ兄弟には、このほかにDesert Of Mars(78年)、Bandido(同)、I Wanna Be Your Lover(80年)などの代表曲がありますけど、いずれも欧州でのヒットで、米国ではあまり相手にされませんでした。

それでも、曲はいずれもディスコというジャンルを越えるほどに完成度が高く、しかもラテンからロック、ファンクまで、曲調もバラエティーに富んでいました。「I Wanna be…」などは、前回紹介の「スペース」にも似た典型的な“宇宙ディスコ”であります(YouTube動画も珍妙です)。

さて、実はこの兄弟、ほかにもっと偉大な業績を残しております。それは、かの「D.D.サウンド」の産みの親だということ。日本人のディスコ好きなら誰でも知っている(?)、超特大定番キラーチューンの「1-2-3-4ギミ・サム・モア」と「カフェ」のアーチストであります。

まずは、上記リンクのYouTube動画をご覧ください(ただし「カフェ」はやや空しい静止画…)。…いやあ、「ディスコぶぁんざぁ〜い!!!」と叫びたくなるような陽気さでありますな。「1-2-3-4」は、前面に出てくるハーモニカの音色が泣けます。カフェの方は、発売は70年代だというのに、私が現役でディスコに行っていた90年前後まで、ばりばりにかかっていましたからねえ。時代を越えた“フロア大洪水チューン”です。

ラビヨンダ兄弟は77年、このD.D.(ディスコ・デリバリーの略)をスタジオミュージシャンたちと編成し、自分たち名義のレコードと並行して売り出しました。動画でも登場しておりますが、自ら(たぶん弟の方)ボーカルも務めています。「カフェ」が全米ディスコチャートでランクイン(79年に41位)するなどして、懸案だった米国進出も果たしました。やはり80年代に入ると活動は停滞してしまうわけですが、ピーク時にこれだけ頑張れば、まあ十分でしょう。

ラビヨンダ、D.D.ともに、どのアルバムも出来がよろしく、よくある単調なディスコとは、確実に一線を画しています。ただ、12インチやLPはずっと高値安定で、再発CDも良いものがほとんどありません。写真上のCDは、1992年に発売されたD.D.の日本盤ベスト(テイチクレコード)で、カフェの16分フルバージョンが入っているなど内容は素敵なのですが、中古CD店ではまったくと言って良いほど見つかりません。困ったものです。

「ラビヨンダ」名義では、ロシア盤の変なCD(写真下)などがあります。CDという意味では、これぐらいで我慢するしかないのが現状であります。
La Bionda
プロフィール

mrkick (Mr. Kick)

「ディスコのことならディスコ堂」----本名・菊地正憲。何かと誤解されるディスコを擁護し、「実は解放と融合の象徴だった」と小さく訴える孤高のディスコ研究家。1965年北海道生まれのバブル世代。本業は雑誌、論壇誌、経済誌などに執筆する元新聞記者のジャーナリスト/ライター/翻訳家。もはや踊る機会はなくなったが、CD&レコードの収集だけは37年前から地味〜に続行中。アドレスは↓
mrkick2000@gmail.com

*「下線リンクのある曲名」をクリックすると、YouTubeなどの音声動画で試聴できます(リンク切れや、動画掲載者の著作権等の問題で削除されている場合はご自身で検索を!)。
*最近多忙のため、曲名質問には基本的にお答えできません。悪しからずご了承ください。
*「ディスコ堂」の記事等の著作権は作者mrkick(菊地正憲)に帰属します。

Archives
検索してみよう!

このブログ内
ウェッブ全体
本業分野の著書!(Amazonリンク)


初証言でつづる昭和国会裏面史!
著書です!(Amazonリンク)


キーワードは意外に「ディスコ」。
TOEIC930点への独学法とは…
CDのライナーノーツ書きました(Amazonリンク)


たまには「ボカロでYMCA」。
キュート奇天烈でよろし。
訪問者数(UU)
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

最近の訪問者数(UU)

    Recent Comments
    blogramボタン
    blogram投票ボタン
    QRコード
    QRコード
    • ライブドアブログ