ディスコ堂 by mrkick

音楽に貴賎なし ―Discoの考察とCD批評

ロック

追悼・ドナ・サマー (Obit: Donna Summer)

Donna Summer She Works Hardどなたさま〜?のドナ・サマー」と投稿したのはもう7年前のこと。以来、映画サンク・ゴッド・イッツ・フライデーとかジョルジオ・モロダーとかポール・ジャバラとか、ディスコシーンのさまざまな重要場面や立役者をここで語る際にもことごとく登場していたわけで、押しも押されぬ「ザ・ディスコ・クイーン」です。私ももちろん、アルバムを全部持っています。そんなドナさんが米現地時間17日にがんで亡くなりました。享年63。18日付ニューヨーク・タイムズも1面で大きく報じました。

1948年にボストンで生まれたドナ・サマー(本名・ LaDonna Andrea Gaines)は、敬虔なクリスチャンの家庭で育ち、まずは少女時代にゴスペル音楽に傾倒します。とはいえ、一般的なR&B歌手とは違い、10代のころはロックバンドでボーカルを務めるなど、ジャンルにとらわれない音楽活動を行っていました。

転機となったのは、60年代後半にニューヨークの人気ミュージカル「Hair」のオーディションに合格し、海外ツアーに出演するために一時ドイツへの移住を決めたときでした。しばらくはソロ歌手として芽が出なかったものの、そこでミュンヘンディスコやイタロディスコを創り上げたジョルジオ・モロダー、さらにピート・ベロッテという2人の敏腕プロデユーサーに出会い、74年にはようやくデビューアルバム「Lady Of The Night」の発表にこぎつけました。

その後、ジョルジオらが手掛けた「ラブ・トゥー・ラブ・ユー・ベイビー」(75年、米一般チャート2位、R&B3位、ディスコチャート1位)が大ヒットを記録。破竹の勢いだったディスコレーベル「カサブランカ」との契約も果たし、あとはよく知られた「ディスコディーバ伝説」の時代に突入していくわけです。

この曲の長さはなんと17分もありました。ラジオのDJに番組内でかけてもらうため1曲3〜4分が普通だったのですが、まさに「ディスコのDJにじっくりかけてもらうため」長くしたのです。また、ほぼ全編が、まだ出始めたばかりのシンセサイザーを駆使した「エレクトロディスコ」でした。おまけに、曲自体が“女性の喘ぎ声”が頻繁に聞こえてくるなど相当にエロくて、英BBCで放送禁止になったほど。先駆的かつセンセーショナルな試みだったので、一気に注目されたのですね。

これをきっかけに、レーベルの後押しを得て勢いをどんどん増していきます。完全無欠の世界初の本格的シンセサイザーディスコ「アイ・フィール・ラブ」、「ラスト・ダンス」、「オン・ザ・レイディオ」、元ドゥ−ビー・ブラザーズのジェフ・バクスターによるギターリフが素晴らしい「ホット・スタッフ」、「トゥー、トゥー、ヘイ、ビ、ビー!♪」の掛け声も楽しい「バッド・ガールズ」、さらにはバーブラ・ストライザンドとのド迫力異色デュエット「ノー・モア・ティアーズ」などなど、大ヒットを飛ばし続けたのでした。

80年代に入ると、ディスコブームの終焉やゲイについての失言騒動があって人気は下降線をたどるわけですが、83年の“女性労働賛歌”「シー・ワークス・ハード・フォー・ザ・マネー(邦題:情熱物語)」(写真上)がビルボード一般チャート3位まで上昇する久々の大ヒット。日本のバブル絶頂期の89年には、「ええ? ドナサマーがユーロビート界進出?!」と私も度肝を抜かれたわけですが、あのストック・エイトケン・ウォーターマンがプロデュースした「ディス・タイム・アイ・ノウ・イッツ・フォー・リアル」(米一般7位)がヒットしました。完全に消えたわけではなかったのですね。

なかなかに個性的で魅力があるものの最高ランクの声質ではなく、バラードのヒットもない。グラミー賞を5つも取るほどのトップ歌手だったにもかかわらず、正統派のソウル歌手との評価はありません。やはり「色物ディスコ」の歌手だということが、どこかでネックになったわけでしょうが、CMやバラエティ番組や駅前の喫茶店で誰もが耳にしたことがある曲がいくつもあるというのは、とても偉大なことです。もちろん、ディスコ堂としては「だからこそディ〜バ!」と声高らかに賞賛いたします。

ダンス音楽界では、現在のテクノだとかハウスだとかレディー・ガガだとかの元祖にあたる人。電子ダンスミュージックの確立、(失言騒動があったにせよ)ディスコフロアにおけるゲイの解放、「ホット・スタッフ」で見せつけたロックとダンスミュージックの融合などなど、数々のエポックな功績を残して逝ったドナサマー。ディスコ宇宙のミラーボールのごとき大きな星がまた一つ、消えてしまったのです。心より哀悼の意を表します。

CDですが、これがアルバム単位だと意外と少ない。でも、ベストアルバムは国内外から豊富に出ているので、ひとまず網羅的に味わうことから始めたいところです。個人的には、なんとブルース・スプリングスティーンが作曲したロックディスコ「Protection」(曲調がどことなく葛木ユキ「ボヘミアン」に似ている)が入っている82年のアルバム「Donna Summer」とか、ミデアムテンポの切ない美メロ曲「Oh Billy Please」や雰囲気のいいバラードが収録された84年のアルバム「Cats Without Claws」(写真下)あたりの再発を期待したいところです。どちらも当時のディスコではよく耳にしたものです。

Donna Summer--Cats Without Claws

バラバス (Barrabas)

Barrabasヨーロッパの重要アーチストとしてバラバスを挙げておきましょう。スペインで1971年に結成した古い男性バンドでして、最初は初期のヒット曲「Woman」(1972年)に代表されるようなちょっとサイケで演歌調な(?)音を発信していた人々です。

70年代中期にはディスコに傾倒し、ファンクやジャズやサルサ、それにロックの要素を取り入れたユニークな曲を連発しています。そして74年発表の「Hi-jack」(YouTubeのミックスもの参考)が全米ディスコチャートで2位まで上昇。ここでディスコバンドとしての名声を固めたといえます。

Hi-jackは、以前に紹介したハービー・マンのハイジャックの原曲で、こちらはフルートなしのバージョンとなります。どっちも軽快な感じの佳曲ですが、いまフロアでかかっても、「思わずのけぞるほどイイ」というほどではありません。やや地味です。

この後、バラバスは「Mellow Blow」(75年、全米ディスコチャート8位)、「デスペレートリー」(76年、同6位)などのダンスヒットを飛ばしますが、だんだんと失速していきます。ただし、80年代に入ってからもアルバムは何枚も出していまして、とりわけ本拠地のヨーロッパでは、多要素を取り入れた先駆的なバンドとして、いまなお評価の高い人々です。

というわけで、スペイン盤を中心に再発CDがかなり出ております。写真はその一つで、81年発売の「Piele De Barrabas」であります。この中では1曲目の「On The Road Again」が秀逸。おとなしめで哀愁調のメロディーに、しわがれた感じの男性ボーカルが乗っかっているのですが、シンセを使用してしっかりビートを刻んでいるので、踊り場にも適しているといえましょう。

日本では非常にマイナーではありますが、独特の位置を占めているバンド。あえて言えば、同時期の「ジェパディー」(83年)の大ヒットで知られるグレッグ・キーン・バンドとかが近いかもしれませんが、なかなか類似の音が見当たらない、不思議なバンドです。

Men At Work (メン・アット・ワーク)

メン・アット・ワークいやあ何だかこのところ、「ディスコ」という枠からはみ出したアーチストを紹介しているような気も……とはいうものの、今回はメン・アット・ワークです。ロックって範疇の人々かもしれませんが、ディスコで大ウケでした。80年代らしい現象でございます。

ノックは夜中に」(82年)は、私のディスコデビュー直後のころの超定番曲でありました。最初のドラムイントロで、がっちりハートをつかみます。続いて、軽快なサックスの音色が来くるともうフロアは満開。とにかく人気がありました。

全米ディスコチャートでは、堂々の最高33位!と大したことはないけれど、一般チャートでは1位に輝いています。プロモビデオが面白かったので、それもヒットに貢献したのではないかといわれています。MTV全盛時代でしたので。

しかし、この曲には基本的に12インチはない(変なDJ向けミックスはある)ので、3分半ほどでエンディング。踊っていてもちょっと物足りなさが残ります。ただ、フェードアウトではないため、終わるとすぐ、またぞろデュラン・デュランあたりで満開フロアを維持するというパターンは見られました。

このバンドは豪州メルボルンで1979年に結成されました。でも1985年ごろには、メンバーがごそっと抜けて事実上解散。ヒジョーに短命でしたが、ともに全米1位となった「ノックは夜中に」と「ダウン・アンダー」が入った1作目「ビジネス・アズ・ユージュアル」は世界中で2000万枚以上も販売。これでもう一生分ぐらい稼いだということでしょう。

このバンドの大きな特徴の一つはなんといっても、個性派ボーカルのコリン・ヘイでしょう。その声も風貌もなんだか異形な感じ。小林克也が出ていた当時の人気洋楽番組である「ベスト・ヒット・USA」にも出演したのですが、人生を楽しむ秘訣を聞かれて「Make Love…(セックスをしよう…)」と一言、ぼそっと呼びかけていたのを覚えています。

再発CDはたくさん出ています。写真はそのうちの一つのベスト盤。まったく珍しいものではありませんけど、まあ聴いていくうちに、「ああ、これが80年代の音なんだ」と理解できることでしょう。たぶん。
プロフィール

mrkick (Mr. Kick)

「ディスコのことならディスコ堂」----本名・菊地正憲。何かと誤解されるディスコを擁護し、「実は解放と融合の象徴だった」と小さく訴える孤高のディスコ研究家。1965年北海道生まれのバブル世代。本業は雑誌、論壇誌、経済誌などに執筆する元新聞記者のジャーナリスト/ライター/翻訳家。もはや踊る機会はなくなったが、CD&レコードの収集だけは37年前から地味〜に続行中。アドレスは↓
mrkick2000@gmail.com

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*「ディスコ堂」の記事等の著作権は作者mrkick(菊地正憲)に帰属します。

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