Mystic Merlinさて今回、もはやクリスマス時期だけに今年最後になりそうな投稿の主役となりますのは、とびきりユニークで心底脱力することウケアイの「魔術ディスコ」で〜す!

デビューアルバムの発売が1980年ということですので、ディスコ的にはかなり「遅れてきた感」があるグループではあるものの、マジカルパワーで大奮闘しました。その名も「Mystic Merlin=ミスティック・マーリン」(直訳・神秘の魔術師)。「どんだけ神秘的なのかな?」と逆にそわそわしてきますが、何のことはない、ライブで演奏しながら「奇術」を披露していたファンクバンドなのであります。

…って、「いや待てよ? そんなグループ、いったい成立するのか?」との疑問が沸くのも自然なことでしょう。演奏して歌うだけでも大変なのに、加えて愉快な手品(奇術)を器用に披露するなど、常人のなせる技ではございません。でも実際、「アラジンと魔法のランプ」みたいな格好をして、コーラスの女性がやおら宙に浮き始めたり、気が付いたらメンバーが空中で真横になって楽器を弾いていたり、サックスの開口部(ベル)から突然もくもくと白煙を噴出させたりと、やたらと観客の度肝を抜く仕掛けがライブの呼び物になっていた人々なのでした。

1970年代後半、アメリカ・ニューヨークで結成されたこの魔術師バンドは、リードボーカルのキース・ゴンザレス(Keith Gonzales)、ベースのクライド・ブラード(Clyde Bullard)、ギターのジェリー・アンダーソン(Jerry Anderson)らが主要メンバーです。

中でもジェリーさんは、子供のころからマジックが大好き。地元ニューヨークでよく知られた手品ショップに通い詰め、有名マジシャンを育てたこともある店長は、「こいつは見込みがある」と空中浮揚、「ドロン!」といきなり姿を消す“雲隠れの術”、催眠術といった大技を無報酬で次々と仕込んでくれたのでした。

ここでジェリーさんは、そのままプロを目指せばよいものを、もう一つの夢であるミュージシャンへの道を追い求め始めます。こちらも結構な腕前だったようで、70年代前半にはブロードウェイの人気ミュージカルの楽団などでベース奏者として活躍するようになりました。このころにキースらに出会い、ファンクバンドを結成して音楽活動を本格化させたのです。

ところが、なかなか芽が出ない日々。野心に燃えるジェリーさんは、あるアイデアをメンバーたちに打診します。「同じようなグループがたくさんある中で、俺たちは目立たないといけない。俺が一から教えるから、みんなでマジックをやりながら演奏しようじゃないか!」。メンバーたちは目を白黒させましたが、最終的には賛同を得ることができました。ここに、世にも不思議な奇術ディスコ系バンドが誕生したのです。つまり、音楽一本で勝負することにどうにも自信が持てなかったために、奇策によって人々の気を引こうと目論んだのでした。

結果は……残念ながら今ひとつでした。イギリスなど欧州では「キワモノ」扱いされてテレビで人気を博し、少々ヒットも飛ばしましたけど、本国では全米R&Bチャートの下位に「Got To Make It Better」(81年、82位)と「Sixty Thrills A Minute」(同、76位)が入った程度。マジック(Magic)とミュージック(Music)の融合(本人たちはMugicと呼んでいた)という、非常にディスコ的で面白い発想ではありましたが、ブームが過ぎていたこともあって、聴衆(や踊る阿呆)の心をつかむには至らなかったのです。けだし、二兎追うものは一兎も得ず、なのでありました。

いちおうは大手キャピトル・レコードとの契約にこぎつけ、80年のデビューアルバムに続き、81年の2枚目アルバムを発表するもセールス的に不発に終わり、82年に最後となる3枚目「Full Moon」をリリース。ここでなんと、同じキャピトルのレーベルメイトで、80年代半ばから甘〜い歌声でR&Bヒットを大連発することになるフレディー・ジャクソンが、結成時からの主軸シンガーだったキースの脱退に伴ってリードボーカルに。シングルカットされた「Mr. Magician」を聴いても明らかなように、確かにボーカルはぐ〜んと引き締まりましたけど、どうもセールス的には波に乗れなかったのでした。

「Full Moon」のジャケット(上写真)を見れば分かるとおり、熱海あたりの温泉街にある妖しい秘宝館から飛び出してきたような出立ちには、かえって猛烈に興味をそそられます。そんな器用貧乏の感がぬぐえない涙ぐましいまでの自己アピールこそ、「目立ってナンボ」のディスコ界では特に重要だったのです。曲や歌自体は無難にダンサブルであり、演奏もしっかりしております。ファンク王国アメリカにおいては、あまりにも優れたライバルが多すぎたということでしょう。

CDについては、意外にも3枚のアルバムともに、英国の再発レーベルであるBBRから発売されています。往年のマジックを見られるわけではない(YouTubeでも見あたらない。ここでほんのちょっと確認できる程度)にせよ、なりふり構わず何とか世に出ようともがいた異形ミュージシャンたちの物語に思いを馳せつつ、聴き入ってみるのも一興かと存じます。