
ボニーMといえば、黒人男性メンバーのボビー・ファレルのあの「頭」(写真参照)。無理やり8:2に分けた巨大アフロヘアが印象的でした。
いうまでもなく、70年代後期のミュンヘンディスコのリーダー格です。「ダディ・クール」、「マベーカー」、「怪僧ラスプーチン」、「サニー」、「フレー!フレー!」などなど、ヒット曲は数知れません。これまでに世界で売ったレコード枚数は1億5千万枚とも言われます。ただ、活躍の主舞台は本国ドイツと英国を中心とする欧州や日本で、米国ではいまひとつでした。
「彼ら」はもともと、一人の白人男性歌手から生まれました。名はフランク・ファリアン。75年に「ボニーM」という歌手名で「Baby Do You Wanna Bump」という曲を欧州で出したのがきっかけ。それがヒットしたので、「見栄えのするディスコバンドとして出演してほしい」とのテレビ局の要請に応える格好で、急遽、男女グループを構成したのでした。この75年の結成時には、「ヴギウギ・ダンシングシューズ」のクラウディア・バリーも参加していましたが、すぐに脱退しています。
ボニーMは、大ヒットを次々と生み出すようになった76年ごろに、ボビーと黒人女性3人のおなじみの編成で定着しました。ファリアンはプロデューサーとして隠然たる力を発揮し続けることになります。それでも、ボニーM専門サイト(!)などによると、ファリアン自身、レコードジャケットには記載がないのに、自らボーカルとして参加したこともあったようです。この辺、ちょっとあいまいさが残ります。
「あいまい」と表現してしまう理由は、彼は後に、「ダンスミュージック史上最大のスキャンダル」(大げさか)といわれる「ミリ・ヴァニリ事件」を引き起こした張本人だからです。
ミリ・ヴァニリは、ファリアンがプロデュースして89年に男性デュオとしてデビュー。「Baby Don't Forget My Number」などの全米ナンバーワンヒットを連発したのですが、後に彼らのデビューアルバムのボーカルが、発表されていた人物とはまったく別人だったことが判明。せっかくもらったアカデミー賞が剥奪される事態となったのです。
「ゴーストライター」ならぬ「ゴーストシンガー」ですな。いやあ、ファンをだましてはいけません。表向きボーカルだと喧伝されていた2人のうち1人(Rob Pilatus)は身を持ち崩し、ドラッグ中毒で32歳で死んでいます。
この事件をのぞけば、ファリアンは大したプロデューサーには違いないのですが、なんだか一抹の疑念も残ります。「あの『ママママ〜』のマベーカーやラスプーチンに出てくる太い声も、巨大アフロのボビー・ファレルじゃないのではないか?実はもともと歌手のファリアンが、自分で声を出しているのではないか?」との説があるんです。私もボニーMが出てくるディスコのビデオとかでチェックしてみましたが、「口パク」なので分かりませんでした。
まあ、曲を聴く側からすれば、大勢に影響がない話ではあります。ボニーMの曲自体は、踊りやすいだけではなく、カリブ風の独特の味わいを感じさせる名曲が多く、私も好きです。「サニー」なんて、ボビー・ヘブのオリジナルよりずっと良いと思います。
CDはたくさん発売されています。ベスト盤から買い始めるのが妥当なんでしょうが、数種類出ていて、かつどれも似たり寄ったりです。ちなみに上写真のCDは、人気の旬が過ぎた1981年に出した「Boonoonoonoos」という変なタイトルのアルバムです。イメージチェンジを図ってもろカリブ、レゲエテイストにしたのですが、売れ行きはいまひとつでした。下右のCDは、「マベーカー」や「ベルファスト」が入った絶頂期の「Love For Sale」です。
