
今となっては、例によって「ディスコだった私」を「なかったことにしよう」と払拭するのに必死のようです。ベスト盤からも確信犯的にことごとくディスコを外していますし。でも、私はむしろその時代を高く評価する者です(ディスコ堂だから当たり前)。ややハスキーで“はすっぱ”な感じの歌声は、ディスコチューンにもぴったり適合していて、個人的にかなり好きな部類に入ります。
彼女は1939年ミシシッピ州生まれで、本名はデニス・オラ・クレイグ(Denise Ora Craig)。これまた例によって地元の教会でゴスペルを歌っているうちに音楽に目覚め、1960年代半ば、レコード会社に自分で書いた曲を売り込んで認められ、徐々に頭角を現していきました。もともと文才があったようで、10代のころには、小説雑誌に短編を何本か掲載したことがあるそうです(ライナーノーツより)。
60年代後半には、後に夫となるビル・ジョーンズ(Bill Jones)とともに、二人の名前を使ったレコード会社「クレイジョン(Crajon)」を立ち上げて成功させるなど、ビジネス面でも才能を発揮しました。71年には、デトロイトの中小レーベルのWestboundから出したシングル「Trapped By A Thing Called Love」が全米R&B1位に輝き、その後もヒットを連発しています。
とはいっても、そこはモータウンやアトランティックの所属スターなどとは違い、セールス的に大ブレイク!とまではいきません。70年代後半には落ち目となり、ABC(後のMCA)に移籍して、起死回生を狙ったディスコ曲入りアルバム「Second Breath 」「The Bitch Is Bad」「Under The Influence」「Unwrapped」「I'm So Hot 」などを立て続けに出したのであります。
これらのアルバムからは、「Freedom To Express Myself」(76年、米ディスコチャート17位)「The Bitch Is Bad」(77年)、「Under The Influence」(79年)、「P.A.R.T.Y.」(79年、R&B90位)、「I'm So Hot」(80年、米R&B82位、ディスコチャート33位)といった軽快なディスコヒット(マイナーだが)が生まれています。このうち日本では、しっとりとしたミッドテンポの「I'm So Hot」が、ダンスクラシックとして特に人気があります。
80年代半ばになると、彼女は再びゴスペル、ブルース、サザン・ソウルのシブーい世界へと舞い戻り、そのまま90年代、21世紀を迎えております。もう70歳の高齢ですし、余生を暮らす地元アメリカ南部を中心に、ときどきステージに立つ程度の音楽活動のようです。
前述のとおり、彼女のディスコ時代のアルバムはことごとく軽視されているため、CD化もほとんどされていません。写真は、珍しく日本盤(P-Vine)で3年前に発売されたCD再発アルバム「I'm So Hot」。表題曲のほか、低音のシンセサイザーの音色がユニークな2曲目の「Try My Love」も、ダンクラ決定!の名曲だと思っています。