Billy Ocean突然、バカ売れ!――というわけで、「桜が散ったと思ったら、いきなり雪降っちゃいました」のここ東京地方から今回お伝えするのは、80年代半ばに急に大ヒットを連発するようになった“カリビアン・ディスコキング”、ビリー・オーシャンです。

いやあ、私自身、ディスコでも本当によく耳にしました。あれは暗黒の浪人時代の1984年ごろです。えっ?ディスコ行ってる場合じゃないって?……まったく、おっしゃるとおりでございま〜す!

ビリーさんはしかし、それまでは地味〜な中堅歌手だったのに、1984年にリリースした「カリビアン・クイーン」というトロピカル・ディスコが異常なまでの大人気を博したので、とても印象深いアーチストなのです。

彼のフラッグシップ曲である「カリビアン・クイーン」は、最も権威あるビルボードの全米ディスコチャートどころか、同R&Bチャート、同一般ポップチャートといずれも1位に輝き、“夢の三冠王”の偉業を軽やかに達成してしまったのでした。収録されていたアルバムは「Suddenly(サドンリー)」(写真)。そう、その語義通り「いきなり」売れ出したのであります。変貌ぶりには本人もかなり面食らったに違いありません。

ビリー・ブームはその後もしばらく続きました。同アルバムからの2枚目のシングルで、よりエレクトロなダンスビートを前面に出した「ラバー・ボーイ」もディスコ1位、ポップ2位、さらにその次のアルバムタイトル曲のシングルでスローバラード「サドンリー」もポップ4位、R&B5位と“バカ売れ”を持続させたのです。

この人の魅力は、なんといってもその美声にあります。私は、ルーサー・バンドロスやジェフリー・オズボーン並みだと思っています。鋭角的なダンス・ビートにこの人の声が乗っかると、カリブのやさしい南風を肌に受けながら、ゆらゆらと海藻のようにフロアで踊りたい気分に駆られます。実際、ディスコでは盛り上がる直前のブレイクタイム、もしくは深夜のまったりとした時間帯に聞くことが多かった人です。当時は、以前紹介したエディー・グラントのように、一風変わった英国発のレゲエやR&Bがウケていたころですから、そうした時代の波にもゆらゆらと乗って成功したのだと思われます。

さて、ビリーさんは1950年、62年までは大英帝国に統治されていた西インド諸島のトリニダード島に生まれました。う〜ん、早くも感じますぞよ、あの南国の熱〜いダンス魂を。ビリーさんはここで8歳まで過ごした後、宗主国英国へとわたり、華のロンドンにて音楽への道を歩み出します。ほかの多くの移民たちと同じように、家族ともども大いなる夢と希望を抱いて、大西洋を渡ったのでした。

10代のころは服飾店でアルバイトをしながら、クラブなどで歌っていました。ようやく実力が認められ、72年にレコードデビュー。その4年後には「Love On Delivery」という曲が小ヒットし、続いてマイケル・ジャクソンをもろ意識した「Are You Ready」(80年)、「Stay The Night」(同)といったなかなか小気味良いディスコ・ヒットを世に送り出しました。

70年代後半から80年代前半のころの曲調は、その後の「サドンリー」以降の“もろカリビアン路線”時代よりもエッジの効いたビート進行が特徴で、いかにもディスコ受けする内容となっております。最近、どこにでも売っている代表アルバム「サドンリー」だけではなく、初期のころのCDも再発されてきているようですので、聴き比べてみるのも一興でありましょう。

ビリーさんは90年代以降、これまた「いきなり」減速してしまいましたが、現在もコンサートなどではご活躍中のご様子。公式HPをちょいと覗いてみると……ぎょええ!いつの間にか、すげえ年取ってる!浦島太郎のようだ……でも、私も同じだけ年をとっちゃったということですね。ホント、暗黒であっても浪人時代に戻りたい気分になります(トホホ)。