ディスコ堂 by mrkick

音楽に貴賎なし ―Discoの考察とCD批評

アレック・R・コスタンディノス

ラブ・アンド・キッシズ (Love And Kisses)

Love And Kissesテンション高えぇ……というわけで今回はラブ・アンド・キッシズ。“隠れディスコ王”アレック・R・コスタンディノスがプロデュースした代表的なディスコ・セッション・グループであります。

写真のアルバム「ラブ・アンド・キッシズ」(77年)はこのグループのデビュー盤。収録曲はA「アクシデンタル・ラバー」とB「アイ・ファウンド・ラブ」のみ。しかし、発売直後から破竹の勢いでして、全米ディスコチャートでは見事1位になりました。ボーカル等は皆、無名です。ですから、この作品はほぼ「アレック一色のアルバム」と言って差し支えないと思います。実際、このグループは、数あるアレックプロデュースのアーチストの中では一番、人気がありました。

アレックは1944年エジプト(!)生まれ。ユーロディスコの創始者の一人で、これまで当ブログでも「セローン」「ドン・レイ」「朝日のあたる家物語」などで登場済みです。70年代ディスコを語る上では絶対に欠かせないキーパーソンではあります。とにかくアレンジが非常に上手で、シンセが主流になる前のオーケストラディスコとしては最も成功した一人といえましょう。特にバイオリンを中心とするストリングス・パートには定評があります。ある意味映画音楽のような品格を感じさせる音です。

「アクシデンタル」を今、聴いてみたらホントあげあげアップテンポですね。元気が出ます。さすがはアレック!と言うべきところではありますが、ずいぶんとホコリが被ってきた感もあります。これは、版権を握ったまま再発CDを“許さない”など、彼がディスコな過去を完全に封印しているからだと思いますね。理由はよく分かりません。頑固です。だから海賊盤が作られるなどして、オークションサイトで高値で取引されることになるわけです。

ラブ・アンド・キッシズはこの後、「How Much, How Much I Love You」(78年)という3曲入りアルバムを出し、ディスコチャート5位にまで上がりました。さらに、これもずっと以前に紹介したディスコ映画「Thank God It's Friday」のサントラに名を連ね、存在感を示します。それでも、これで活躍はほぼ終了。ディスコブームの終焉とともに、表舞台からは完全に姿を消しました。

さまざまなディスコものがCD化される中で、アレックものはいまだ置き去りにされています。もはや伝説の域に入った人ではありますけど、このグループのCD化ぐらいは望んでおきたいところであります。一応ここは、「CD批評」の場でもありますからね。

ちなみに写真はCDでして(ジャケはレコードと同じだが)、少し前にオークションで入手したロシア産の海賊盤(?)です。うさん臭さ全開ですが、音質は不思議とよいのです。

コンガス (Kongas)

Kongasほとんど何の脈絡もなく、今回はコンガスを紹介しようと思います。以前に紹介したセローンが中心メンバーだった時期もあり、ラテン/アフロ風のドラムビートをかなり強調した曲が多いグループです。

1970年代前半にフランスで結成したとされ、ユーロディスコの草分けのような存在です。セローンだけではなく、これも以前に紹介したドン・レイアレック・R・コスタンディノスというディスコ界のビッグネームもメンバーとして名を連ねていました。初期には、プロモーションのために日本も訪れたことがあるそうです。

ディスコミュージックは、1960年代の米国のソウル音楽を最大の出発点としていますが、それにラテン、ロックンロール、ジャズ、ときにはカントリーなんかも要素として貪欲に吸収し、発展していきました。

このコンガスも、ごった煮ディスコを象徴するように、「四つ打ち」のドラムビートを前面に出しつつ、いろんな音楽要素を取り入れています。特に「コンガ」という名前からも察せられるとおり、パーカッションを非常に派手に使っていて、アフリカンでトライバルな魅力に溢れていて「Oh〜ダンサブル!」ってわけです。

知名度は低いわけですが、何しろセローンが加入していたグループなわけですから、ディスコ史を語る上では欠かせない存在でしょう。「フランス発」というのもなかなか意外性があってよいと思います。

彼らの代表的なディスコアルバムは、「Africanism」(77年)と「Anikana-O」(78年)の2枚です。

とりわけ前者は、アルバムとして全米ディスコチャートの3位にまで上昇しています。圧巻は表題曲「Africanism」。もうこれは、しっかりしたドラムワークとトライバルな曲調がめちゃめちゃかっこよく、その上ボーカル(ドン・レイだと思う)も超パワフル!。全身シビれます。ここは久しぶりに「特大おススメ」としておきましょう。

一方の「Anikana-O」もまずまずの出来ですね。最近のクラブシーンでは、こちらの方が人気があるようです。リアルタイムでは、「ジャングル」という収録曲が、日本のディスコでも「ちょっと変わったアフリカン・ジャングルディスコ」として小ヒットしました。でも、曲調が全体的にちょっと地味ですので、「ケバいディスコな感じ」という点では、やはり「Africanism」に軍配が上がると思います。

写真のCDは、その「Africanism」(Amazonnサイトで試聴可)。例の米フロリダ州「ホットプロダクションズ(Hot Productions)」盤ですけど、アルバム収録の4曲に加えて、80年代前半に12インチシングルで発表した「Why Can't We Live Together」と「The Fun City」がオマケで入っています。実はCD-Rなんですが、音質は悪くないので一枚持っていても損はないでしょう。「Anikana-0」については、一部の曲がサルソウル系のコンピCD「Laten Funk Flavas」などに収録されています。

ティナ・ターナー (Tina Turner)

TIna Turnerティナ・ターナーは1960年代から70年代前半にかけて、「アイク・アンド・ティナ・ターナー」という夫婦デュオで一時代を築いた女性ソウル/ロックシンガーです。38年に米テネシー州の貧しい家庭に生まれ、58年、当時既にミュージシャンとして頭角を現していたアイクと結婚して夫婦歌手としてデビュー。「A Fool In Love」(60年、全米R&Bチャート2位)、「It's Gonna Work Out Fine」(61年、同2位)、「プラウド・メアリー」(71年、同5位)などの大ヒットを連発しました。

ところが、アイクは大成功に浮かれたのか、もともとだらしなかったのか、ドラッグ中毒に陥り、日常的に家庭内暴力をふるうようになりました。愛想をつかしたティナは76年、僅かなお金を持って家を飛び出し、ようやく離婚にこぎつけると、ソロとして活動を開始するようになりました。

それでも、かつての栄光とはかけ離れた生活。ダメ夫のせいでキャンセルしたツアーの補償など、多額の借金も抱えるようになりました。ソロで2枚のアルバムをだしたものの、まったく売れず、小さなクラブで歌ってこつこつ稼ぎ、急場をしのいでいました。

しかし、80年代半ばに突然、彼女に神風が吹きました。ルパート・ハインという英国のシンセポップ畑のプロデューサーに見出され、デビッド・ボウイやミック・ジャガーら大物の協力を得た結果、再び大ヒットを連発するようになったのです。そのきっかけになったのは、アル・グリーンの72年の全米No.1ヒットをリメイクした「レッツ・ステイ・トゥゲザー」(84年)。この曲は全米R&Bチャートで3位になったばかりでなく、なんとディスコチャートで1位を獲得しました。

私は当時、このレッツ・ステイの12インチを輸入盤店でしょっちゅう見かけました。全米ディスコチャートで1位になったので注目したのですが、さほどダンサブルではなく、買うのを見送った記憶があります(ジャケ写も、ティナのどアップでコワかった)。何でディスコでだけ1位になったのかは今だ理解しきれませんが、改めて聴いてみると、シンセポップの味付けが80年代そのもので心地よく、スロー系ダンサーの名曲の一つではあると実感します。

写真上のCDは、もがき苦しんでいた79年に発売したアルバム「Love Explosion」。やはりジャケ写がコワいのですが、実は、前々回紹介したアレック・R・コスタンディノスがプロデュースしており、表題曲などは“もろディスコ”です。今回紹介したのは、「レッツ・ステイ」もさることながら、この1枚があればこそ、「ディスコのティナ・ターナー」として成立するのではないかと考えたのでありました(売れなかったのだが)。アレックらしさはさほど展開されておらず、曲そのものは凡庸ですけど、あの特徴的な「ダミ声パワフル」の“どんどこディスコ”もなかなかオツなものです。

写真下右は「レッツ・ステイ」のほか、「ベター・ビー・グッド・トゥー・ミー」、「プライベート・ダンサー」といった大ヒット曲が目白押しのアルバム「プライベート・ダンサー」(84年)。バカ売れしたので当然ながら再発されておりまして、CD店でもよく見かけます。ボーナストラックとして、「ベター・ビー・グッド・トゥー・ミー」などのダンス系3曲のロングバージョンも入っていて大変お得ですね。

Tina Turner 84
プロフィール

mrkick (Mr. Kick)

「ディスコのことならディスコ堂」----本名・菊地正憲。何かと誤解されるディスコを擁護し、「実は解放と融合の象徴だった」と小さく訴える孤高のディスコ研究家。1965年北海道生まれのバブル世代。本業は雑誌、論壇誌、経済誌などに執筆する元新聞記者のジャーナリスト/ライター/翻訳家。もはや踊る機会はなくなったが、CD&レコードの収集だけは37年前から地味〜に続行中。アドレスは↓
mrkick2000@gmail.com

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